十二月二十六日のできごと

文字数 888文字

「あー、お帰り」
 ガールフレンドのアリアのアパートで、ディルクは気だるげにコーヒーを淹れていた。
「あら、起きてたのね」
「昨日は飲んでないからな」
「そっか。そうそう“フィアンセに”って、お母さんがローストポーク持たせてくれたの、食べてね」
「ありがとうな」
 アリアはコートをフックに掛け、私にもコーヒー頂戴と言った。すると、電話が鳴る。
「もしもし?」
『ミスティック・サーガのゲオルグだけど、ディルクは居るかい?』
「えぇ、ちょっと待ってて」
 アリアは電話をディルクに渡し、一足先にコーヒーに口を付ける。
「どうした?」
『ミッヒのアパートに電話を掛けたんだが、留守っぽくてさ。ライヴハウスのオーナーから、あいつがペンケース忘れてるって連絡貰ったんだけど、取りに行けって伝えてくれないか?』
「そんな事か……どうせリルちゃんのアパートだろうし、連絡しとくよ」
『悪いな。それじゃ、俺はこれから実家に一度帰るよ』
「気を付けてな」
 電話を切り、ディルクもまたコーヒーに口を付ける。
「ヴォーカルの彼も似た様な物なの?」
「いや、一応あいつは部屋借りてるはずだが……多分、氷点下だろうな」
 アリアは思わず眉を顰めた。
「とんでもないボロ物件なんだよ……最初に家を飛び出したっきり、住む所に頓着が無いと言うか、人生投げてるからなぁ、あいつ……」
 ディルクは遠い目でミヒャエルの事を考えた。
「ま、クリスマスは特に嫌いみたいだし、女の所にでもいる方がましだろうしな」
 アリアは首を傾げた。
「聞いて笑ったんだが……幼馴染のヨハン曰く、あいつは教会の合唱団を追い出されてるんだよ、音痴過ぎるってな」
「え? ヴォーカリストしてるのに?」
「あぁ。今でもギターを取り上げたところで、そんなに上手いわけではないが……十歳のガキには酷な話だよな」
「……もしかして、彼が神様を信じないのって」
「根本的なトラウマはそれだろうな。ま、信仰心が無くても、あいつはあいつなりに幸せみたいだから、俺達が口を出す事じゃねえよ」
 ディルクはコーヒーを飲み干すと再び電話へと向かった。
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