第5話 殴る前に脳みそ動かせ!

文字数 2,337文字

翌日、彼らは暗いうちから現場に赴き、2手に分かれて南北、森と山に入った。
出発時の先頭は、志願して前に出た血の気の多そうなゲイル班だ。
途中から指揮隊長のコリン班が前を変わり、慎重に進む。

森は心配されたトラップも無く、あまりにすんなり廃屋近くまで進む。
周囲を見回し足下の悪い中、コリンの部下が汗をふいて呟いた。

「なんだ……なんだ……トラップとか無いじゃないですか。」

大きくため息をついて、肩すかしを食ったように気が抜ける。
他の仲間も、顔を合わせると、ひょいと肩を上げて首を振った。

「隊長、本当に情報に間違いないんですか?
まあ、無いに越した事は無いんですけど、気が抜けましたね。」

「まあ、俺らは上の指示に従うだけだ。
とにかく、あの廃屋にいると言うことを信じるしか無いな。」

「ははっ、これで空(から)だったら、とんだくたびれもうけだ。」

ハハハと軽い笑い声がかすかに起こり、コリンが手を上げる。

「気を引き締めろ、まだ先は長いぞ。」

「了解」

気を取り直し、先を行く。

サトミは、ヒマそうに男たちのあとをついて行く。
重そうな重装備の男たちと違って、彼はヘルメットもかぶらず迷彩のスカーフ巻いてゴーグルを付けている。
装備は背中の棒とあとは水、食料とナイフ数本と、ずいぶん軽装だ。

「お前、銃持ってないのかよ。まさか、ナイフ投げて応戦するとか、冗談言うなよ。
聞いてないけど、今回見学のつもり?」

サイが、あまりに少ないサトミの装備に苦笑する。
やる気が無いとしか思えない。

「何言ってんの、俺は超本気だぜ?
ああ、俺、銃持ってないんだ。銃はなー、いちいち狙って当てるの面倒くさいもん。」

「はあ?ほんとお前変な奴だな。」

やれやれ、こう言う質問、答えるのも面倒だと言った風に、サトミは適当に答えて前を行く。
木の生い茂る森の中、足下は石や木の根でゴツゴツしている上に、下草が生えて滑りやすいし歩きにくい。
岩の多いところは、下草は少ないが、今度は岩で歩きにくい。
山道特有の条件に、大人たちは息が上がっては時々足を止めるものもいた。

ひときわ大きな木が3本並ぶところが見えてきた。
疲れもあってか皆ばらけて、遅れた者は慌てて前に走る。

「目標は近い、もうすぐだ。
連絡取って、山とタイミング合わせるぞ。」

森班のリーダー、コリンが、後方から声を出して統制を取った。

「なんか、変だなー」

ふと、サトミが立ち止まって山を向いた。

「リーダー」

近くのコリンは無視して進む。

「リーーダーーーー!!」

サトミがデカい声を上げた。

「止まーれ!」

コリンが手を上げ、兵を止めてサトミの元へ引き返す。
そして彼の襟首を捕まえ、彼を釣り上げた。

「このチビ、デカい声を出すな!」

「だってさ、あんた、耳が遠いじゃん?
なあ、向こうは山班に任せて俺たち向こう行こうぜ。」

そう言って、山側を指さす。
森は山に行くほど下草が減り、ゴツゴツとした岩肌も所々に見える。
コリンがため息ついて彼を降ろし、一発殴ろうと手を上げた。

「そうやって、殴って黙らせて前に進むのかよ?!それでもいいぜ!」

そう言い捨て、サトミが一歩引いてコリンに手を広げる。

「殴る前に脳みそ動かせ!

いいか、おっさん!お前ら俺の話を聞け!

俺は人の気配がわかる。この先の目標に、女はいない。
女を感じるのは向こうだ!
恐らく、拉致されたおばさんは移動して向こうにいる。」

バッと、サトミがアクション付けて山側を指さす。
皆、その方に目を向けた。

「おっさん達よ!この静けさ、人は何も無いと気を許す。
気を許すと油断が出来る。

最初慎重に進んでいたあんたらが、今はどうだ?
間隔も置かずダラダラと前後に横に広がって、普通に歩いてる。

そこ、見てみなよ。」

サトミの指さす先を見るが、別に草むらがあるだけで変化がわからない。

「何だ?なにがある?」

「わかってないなあ、こんなに作為的なのに。
俺にはここで引っかけてやろうって、そんな意志を感じるぜ?
おっさんたち、全員今の位置から動くな!」

サトミが前に走り出し、大きな3本の木の元に行く。

「ほら、やっぱりワイヤーが張ってある。
そしてここのトラップは……これ、爆弾だろ?」

草に埋もれるように、指向性地雷が設置してある。

「ま、まさか!!」

「まさかじゃねえよ、これ、一定間隔で仕込んであるぜ?
見ろよ、ここ、そしてその3本目、こっち、わかりやすいデカい木だ。
この広い森でこのピンポイント。情報漏れてんじゃねえの?
この敵って、ほんとにゲリラかよ。」

班長達が顔を上げ、怪訝な顔で皆、顔を見合わせる。
サトミは構わず続けた。

「俺が思うによ、この件は軍の誰か噛んでるぜ?
俺たちは、恐らく当て馬じゃねえの?
俺たち失敗したら、爆撃なんだろ?
そのおばさん、妊娠中?で、爆撃で派手に殺すと誰かがお涙頂戴で同情買ってラッキーって感じなんだろ?
トラップで死んだって話も、ほんとかどうか……嘘くせえー、ハハッ」

皆動揺して顔を見合わせる。
確かに、何か最初から違和感がある。
どうして補佐官夫人の救出が、自分たち下っ端に回るのか不思議だった。

「まさか……」

「まーた、まさかかよー。
ピンと来ねえなあ、大人って、鈍い奴らばかりだ。
俺には難しい事わかんねえけど、そう言うドロドロした話しは、オヤジにぬるい絵本代わりに聞かされてたから、良くわかるのよ。
人間は欲と計略たくらみで生きてるってな。キシシ、面白えよなあ。」

班長たちが顔を見合わせる。
子供の言う事を鵜呑みにする気はない。
だが、彼の言う事は十分考えられる。

「山班と連絡を……」

「やめろよおっさん、軍が絡んでるなら通信は筒抜けと考えろ。
山班には山班の班長がいるだろ?
山の判断は向こうにまかせろよ。」

「ガキは黙っていろ!」

気の短そうなゲイルが一括する。
だが、コリンが制して首を振った。
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登場人物紹介

・サトミ・ブラッドリー

日系クォーター、黒髪、ブラウンの瞳。短髪だがボサボサ。中肉低身長、禁句はちっこい、チビ。

使用武器、主に背の日本刀。

11才まで全盲。周囲にいる者を感知できる。

小柄でよくチビと言われるが、生まれつきか日本刀を振り回す為か人間離れした筋力を持つ。

入隊を条件に目の手術を受けたため、家族の顔を知らない。両親と妹がいた。


・サイ・ロイン軍曹

第11歩兵師団、軍曹。負傷して治療後、兵の教育を行っていた。サトミの監視、行動の把握、逃がすなと命令される。気のいい奴。おっさん。

・黒服

カラン・グレイル、30代。白髪、ブルーの瞳。

ある部隊から派遣された。サトミの監視と逃亡防止、行動の報告の為に常に同行している。

サトミから一時離れる為、サイに監視を頼む。

・ボス

ある部隊のトップ。軍人では無い。

ある部隊は軍では第一師団の特殊部隊と言う認識で通っている。殺し屋、殲滅部隊。

サトミは自らスカウトした。

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