第170話 共有

文字数 2,840文字

調査騎士団の詰所、カーレンは中央の天幕の下、机に向かって紙に文字を書いている。一人黙々と作業を進めるカーレンの方に男が一人近づいていた。

 男は机を挟んでカーレンの対面に座り、カーレンは男に気づいて顔を上げる。

「あっ、ディゼル副隊長」

 驚くカーレンにディゼルは湯気の立ち昇る取っ手のついた陶器の器を差し出した。

「おつかれさま。それはユウトの報告書か。そんなにこんを詰めなくていいんだよ。無理を言ってきたのはドゥーセンの方なんだから」

 カーレンは「ありがとうございます」といいながら差し出された器を両手で受け取る。

「この報告書でユウトさんへの中央からの評価に影響が出るかもしれないと思うと、緊張してしまいますよ。しかもあのドゥーセン政務官から指示となれば余計にです。
 それにしてもなぜドゥーセン政務官は中央から出てまで自身で確認することにこだわったんでしょうね。男性の政務官もいるのに」

 そう言ってカーレンは器に息をふきかけて口をつけた。

「おそらく・・・」

 ディゼルは少しうつむいて机の上に視線を落として間をおいて言葉を続ける。

「ドゥーセンにとって明日の決戦そのものはあまり重要じゃないのかもしれない。本命は大工房とマレイ執政官の動向を自身で見ておきたかったのでは思う」
「工房長をですか?」
「うん・・・いや、考えすぎかな。ドゥーセンは昔から行動とその理由が読みにくい。
 それより明日の決戦に集中しておこう。僕は先に休ませてもらうよ。カーレンもなるべく早く休むように」
「はいっ、了解しました」

 カーレンはぐっと器をあおって飲み干した。

 ディゼルは手を差し出し、カーレンから空いた器を受け取ると立ち上がる。そしてその場から立ち去り、カーレンはまた紙に字を埋め始めた。



 月の光が差し込む一室にがちゃりと金属のこすれるくぐもった音が響く。そして小さく軋みを上げてゆっくりと扉が開かれた。

 その扉から男が二人入ってくる。一人は魔術灯を手に持ちあたりを照らして先に入室し、後から白い甲冑をマントで覆ったレイノスがついてきた。二人の男が向かう先には寝台が一つ。そこには男が一人、力なく横たわったまま浅く長い呼吸で胸を上下させていた。

「本当に目を覚ましたのか?」

 静かな声でレイノスは一緒に部屋に入ってきた男に尋ねる。しかし先に答えたのは横たわる男の方だった。

「ああ。起きている」
「ガラルドッ!」

 驚きを押し殺した声でレイノスは寝台に近づきガラルドを見下ろす。ガラルドは眠たげなまぶたでしっかりとレイノスを捉えた。

「無茶したな。ユウトの判断がなければお前は死んでいたぞ」
「状況は?」

 ガラルドはどこまでも落ち着いた様子で一言尋ねる。レイノスはがくり首をもたげため息を一つついた。

「明日、星の大釜で決戦が行われる。お膳立てはマレイ工房長が整えた」
「ユウトは?」
「明日に備えている」
「そうか」

 そう言ってガラルドはレイノスから目線を外し何もない天井を見つめる。

「何か伝えておくことはないのか?」
「今は・・・ない。あとは頼む」

 レイノスは一瞬目を見開いて息を呑んだ。

「わかった。だが最後に締めるのはお前だ。我々に決着をつけるのはお前しかいない」

 そう言ってレイノスは振り返ると大股で歩きだして部屋を出ていく。ガラルドは静かに目を閉じた。



 ユウトは寝台の上であぐらをかいて座っている。いぶかし気に見つめる先にはヴァルが佇んでいた。

「ユウトさん。ほんとにするんですか?」

 ユウトの隣に座るセブルが尋ねる。

「うーん・・・やって損はないと思うんだけど。やっぱりちょっとこわいよなぁ」

 腕を組み目を閉じて宙を仰ぐユウト。

「繋イデオイテ損ハナイ。コレガアッタカラコソ、頭ヲ切断サレタロードヲ助ケルコトガ出来タ」
「ボクは不安の方が大きいですね。ラトムはどう思うの?」

 セブルは隣で座っているラトムの方を向いた。

「オイラは賛成っスかねぇ。ヴァルさへいればユウトさんの安否と居場所がすぐにわかるっスから」
「うっ、こんな時に限ってちゃんと答えるのか」

 ユウトはふうっと息を吐いて目を開くとヴァルを見る。

「よし。やっておこう。セブルの心配もありがたいけど、使えるものは全て使っておこう。そんじゃあヴァル、頼む」
「了解」
「ユウトさんがそう言うなら仕方ありません」

 セブルは不満そうに平たくなって「むぅー」と鳴いた。

 ヴァルはユウトに近づき卵型の側面から金属の糸につながる円盤の形をした部品を分離させる。ヴァルに生えた手を思わせるその円盤はユウトの目の前で制止した。

「コノ我ノ手ノ内側ヲウナジニアテヨ」
「これ、ヴァルの手なのか・・・」

 ユウトはおそるおそるヴァルの手を掴み後頭部の下、首の付け根へ持っていく。何が起きるのか落ち着かずヴァルの次の指示を待っていると閃光が走り、光が瞬いた。

「終ワッタ」
「は?」

 ヴァルの終了の合図とともに引っ張られてユウトの手をすり抜けたヴァルの手は元あったヴァルの身体へと戻る。すかさずセブルはユウトの身体を駆けのぼりユウトの肩からうなじを確認した。

「あっ!黒くて丸い染みが二つ並んでます。こんなのありませんでしたよ。痛んだりしてませんかっ?」
「あ、ああ。大丈夫、なんともない。ヴァル、これでいいのか?」
「ソウダ。試シニ、我ガ見テイル映像ヲ送ロウ」

 ヴァルがそう言うとユウトは確かに自身の姿を見る感覚を得る。

「うおおお。なんだこれ!」

 ヴァルはその場でぐるりと一回転した。

 ユウトの脳内で見える映像はヴァルの動きと時間差なく連動したように流れる。

「なるどほど。つまり同じようにしてヴァルが聞いたものもオレは知覚できるわけだな」
「ソウダ。会話モ出来ル」
「ふーん。便利だな・・・」

 ユウトは思考の中でヴァルに視界の連動を切ってくれと言葉にしてみた。すると了解というユウト自身と別の意識の言葉が流れ映像は切れる。そこでユウトに一つの疑念が生まれた。

「もしかして・・・オレの知覚に加えて思考もヴァルに駄々洩れ・・・なのか?」
「心配スルナ。主人タルユウトノ指示ナシデ外部ニ流レル事ハナイ。ぷらいべーとハ守ル」
「ぐっ、信用するしかない、か」

 ユウトはまた腕を組んで目を閉じ、考え込む。この状況の落としどころを探し、ヴァルをどう定義するか、人格とは、などなど思考が渦を巻いた。

「とりあえず今日は寝てしまおう」

 答えは出ない。今はそれどころじゃなかったと考え直した。

 ユウトは思考の中でヴァルに向けて明かりを落とせるか?と尋ねる。するとヴァルは移動して手を伸ばし魔術灯の明かりを落とした。セブルは「おお、気が利くな」と感心する。くるりとユウト達に向き直ったヴァルの無表情な顔がどこかユウトには誇らしげに見えた。

 自身の思考を覗かれている可能性にユウトは抵抗感を感じるものの、すでにどうしようもないことかと思う。あきらめとちょっとした後悔を胸にしまいながら寝台に横になると布上に広がったセブルをまとって眠りについた。
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