サルタスの森編(3)

エピソード文字数 2,299文字

いくつかの森がある。ある森は針のような葉の木々が行く手を遮る薄暗い森、ある森はイソギンチャクのような草が葉を揺らして歌っている森、またある森では大小無数の様々なキノコの間を指先ほどのリス達が駆け回っていた。

ナギはそのいくつかの森の前を通り過ぎて、緑のみならず青や赤、黄色やオレンジの葉の木々に彩られた七色の森の前に立った。

「この森、珊瑚樹の森の奥に、メルカートおじさんの家があるんです」

「そ、そうかあ。じゃ、も、もうすぐだね」

ランスが少し歪んでしまった眼鏡をかけ直して答える。ナギは頷いて、もう一度森の入り口を確かめる。



何か聞こえる。ザワザワともゾヨゾヨともつかない不快な音。どこから?

ランスが振り向くのと、ナギが息を詰めるのが同時だった。

二人の背後、どこから湧き出して来るのか、まるで泉のように虫が。サソリ? 大量のサソリが湧き出して、地を覆って行く。

サソリがいくつかに集まり出した。合体して人間並みに大きくなって行く。恐ろしい、サソリモンスターが次々生まれていく。

「ナ、ナギちゃん! にに、逃げよう!!」

ランスはナギの手を取って逃げようとした。だが、右からも左からもサソリモンスターが毒針の尻尾をかざして迫って来る。とうとう囲まれた!

ネズミの次はサソリか! 気持ち悪いのばかりだ。ランスは覚悟して銛を構える。ナギはランスの背中にしがみつく。そのナギの足元に合体しないサソリが

「きゃあああ!」

ランスが振り向く間もなく、サソリモンスターがナギに襲いかかった。

「ナギちゃんっ!」

ナギに迫るサソリモンスター。だが、

次の瞬間、思わず上げたナギの右手が光った。

「キピィィ!」

ナギに襲いかかろうとしていたサソリモンスターが光を浴びてたじろぐ。光ったのは、兄・パセムのバッグの中にあった、守りのブレスレットだった。

ブレスレットは光を放ち続ける。モンスター達はナギに近づけない。

「よ、よし、このまま逃げよう!」

ランスはナギと共に後退りを始める。サソリモンスター達はナギに近づけないものの、隙あらば襲いかからんとしている。

このままでは駄目だ。ブレスレットのおかげでモンスター達は襲って来れないが、このままでは目的のメルカートの所にも行けないし、メルカートまでもをこの危機に巻き込んでしまう。

ランスは決意を固めた。

「ナ、ナギちゃん。こ、こいつらはボクがなんとかする。だ、だから、ナギちゃんは逃げて。に、逃げてメルカートさんに会うんだ!」

「え? そ、そんなこと、そんなことできないよ」

「駄目だよ! キミはおじさんに会うんだ! そ、そのためにここまで来たんだろ!?」

そしてランスは、懐から先ほどもらったフリーパスポートを取り出した。

「ナ、ナギちゃん。こ、これを持って行くんだ。も、もしかしたらこの先まだまだモンスターが出るかもしれない。いずれにしてもボ、ボク達はウルブスから避難しなくちゃならないんだ。キ、キミはとにかく、あ、安全な国に避難するんだ」

「でも、でもランスさん、ランスさんが」

「行くんだ! キミがいつまでもそこにいたらボクが戦えないじゃないか! 銛が振り回せないんだ!」

ランスはナギにパスポートを押し付けて突き飛ばす。よろめきながらナギはそれでもランスを見る。

ランスは、

笑った。

「ボ、ボクはネズミは苦手だけど、こんな奴らは平気なんだ」

そしてランスは銛を振り回して空を切り裂いた。ナギは、迫って来るモンスターから逃げるために、涙を飛ばしながら森の中へ駆けて行った。





もう何時間も森の中を走り続けた気がした。何度も転び、何度もつまづいた。そのたび振りかえって、モンスターが追いかけて来ないか恐怖に震えた。葉屑が涙で濡れた頬にはりついても、構わずナギは逃げた。

飛び出た木の根につまづいて激しく転んだ。靴が脱げる。膝に痛みが走る。

もう嫌だ。もう走れない。ナギは指に絡まる草を掴んだ。

おかしいんだ。この森がこんなに深いはずがない。道に迷ったんだ。いや、そもそも道は途中でなくなっていた。何者かが暴れたように森は荒らされ、草や木がなぎ倒されていたから。

とうとう、ひとりぼっちになってしまった。頼りになるグラディも、ランスもいなくなった。

ランスは大丈夫だろうか? 自分がいたら足手まといになるとはいえ、置き去りに、見殺しにしてしまった。ランスを巻き込んでしまったのは自分だ。

モンスターが追いかけて来る気配はない。しかし代わりに風の音が森の葉擦れが、ナギの不安を逆なでする。

ナギは胎児のように膝を抱いた。絶望の涙が後から後から溢れて来る。誰も頼れない。誰もそばにいてくれない。

ざ、ざざあ。

風がひときわ高く木々を揺らした。ナギは怖くて怖くて耳を塞いだ。

どうして自分はこんな所に一人いるのか。優しい兄がいて、優しい友達がいて、スコラに通っていたはずの毎日。どうして? どうして?

もう……

いいや。

ここで死の迎えが来るのを待とう。モンスターに食べられて死ぬんだとしても、もう逃げられない。お兄ちゃんには会いたいけど、もう、限界だ。

殺すならいっそ早く、もう殺してほしい。ナギは全てを諦めて、両膝に頬を埋めた。


「ちょっと、」

突然、

声がした。

「そこの子。そんなとこで死なないでくれる?」

どこから聞こえるのか、森に響く少女の声に、ナギは驚いて顔を上げた。



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登場人物紹介

ナギ ……本篇主人公。16歳。失踪した兄を探すため、冒険の旅に出る。

パセム……ナギの兄。ナギを守るためにゾンビと戦い、行方不明になる。

アビス……ナギの親友。元気よく、いつもナギを励ます。パセムを慕っている。

フロス……ナギの親友。明るく好奇心旺盛で、人なつこい。

ムジカ……ナギの親友。おっとりした少女だが、天才的ピアニストでもある。

グラディ……ナギの幼なじみで、連邦一の剣士。一子相伝の雷剣の使い手。

ランス……グラディの親友で、連邦一の槍使い。口下手でどもるところがある。

エジェット……グラディの祖父で剣の師匠。

リン……黒いゴスロリの黒魔法師少女。右頰にコウモリのタトゥがある。

ピンセル……リンと一緒におり、空間の隙間を走る車を操る。喋らない。

リョータ……メルカートおじさんの家で出会った七色インコ。

ノートン……真実を伝えるベリテートのジャーナリスト。

悪魔……???

ルナ……ハティナモンで出会った不思議な女の子。回復魔法が使える。

ティマ……連邦とは海を隔てたモルニ国出身の女の子。ネピオルネスのスコラに通う。真面目でしっかり者。

アミィ……ティマの親友で、同じくモルニ国出身。活発で明るい性格だが、スコラはさぼりがちになっている。

レン……リンの姉で、数少ない白魔法師。様々な回復系魔法を使う。誰よりも優しいが、変わり者な一面もある。

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