菊の恩返し(3)

文字数 687文字

 つぎの朝、才之助が起きてみると、馬がいなくなっていました。姉と弟がかわるがわる乗ってここまでつれてきた、あの年とったやせ馬です。しかも、馬は、逃げる前に畑を走りまわったらしく、菊は食いあらされ、いためつけられ、さんざんです。
 才之助はぎょうてんして、納屋の戸をたたきました。

「見てください。あなたたちの馬が、わたしの畑をめちゃくちゃにしてしまいました。わたしは、死にたいくらいです」
「なるほど。それで?」三郎はおちついていました。「馬は、どうしました?」
「馬なんかどうだっていい。あんなやせ馬」
「やせ馬とは、ひどい。あれは、りこうな馬です。こんな菊畑こそ、どうでもいい」
「なんですって? きみは、わたしの菊畑をぶじょくするのですか?」



 姉が、納屋から、ほほえみながら出てきました。
「三郎。あやまりなさい。馬は、わたしが逃がしてやったのです。それより、ふまれた菊を、すぐに手入れしておあげなさいよ。ご恩返しの、いい機会じゃないの」
「なあんだ。そういうことだったのか」
 三郎は、ため息をついて、菊畑の手入れにとりかかりました。



 ふしぎなことに、ちぎれ、たおれた菊も、三郎の手がふれると、さっと生気をとりもどします。くきも葉も花も、たっぷりと水分をふくんで、すっくと立ちあがるのです。
 才之助は、おどろきました。けれども、わざと、なんともないふりをして、
「まあ、いいようにしておいてください」
 と言いはなって、母屋へ引きあげ、ふとんをかぶって寝てしまいました。が、すぐに起きあがり、雨戸のすきまから、そっと畑をのぞいてみました。
 菊は、やはり、りんとして、生きかえっていました。
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