尻ぬぐい

文字数 1,568文字

先日、こちらに魔王の一人であるグレンフォレスが来ましたね?
グレンフォレス?

 ミトロは誰のことかと記憶を漁り、ある男の顔が思い浮かぶ。

 そういえば、ミトロのかつてのクラスメイトである彼女も魔王の一人だったのだ。

ええ、ワイン持参で来ました。それが?
――死んでくださいね

 アーガルの右手が一閃される。

 次の瞬間、腕を振った高さの空間がズレた。

随分と乱暴なことをするじゃないか
 ミトロはカレタカの腕の中にいた。
おやおや。全力ではないとはいえ僕様の空間斬をかわしたようですね

 ここが結界でなければずっと先まで切断されていただろう。

 幸い、アーガルが張った結界のおかげで外には影響が出ていない。

何故と聞いても構わないかな?
 カレタカの問いかけに、アーガルは機嫌よさそうに応じる。
いいですね。理由もわからないままというのも一興かと思いましたが、先ほどの攻撃を回避したご褒美として教えて差し上げるのもよいことでしょうからね
 アーガルは何もない空間に腰を下ろし、長い足を組んだ。
困るのですよね。勝手に魔界の物を人間界に持ち出されてはね

 アーガルの右の手のひらが上を向くと、そこにグラスがあった。

 さらに何もない空間から赤い血のような液体が注がれてグラスを満たす。

魔界のものは魔界の中にあってもらわないと困るのですね。バランスという言葉があるのですね。魔界の均衡を保ち続けるためにもそれは魔界が始まってからずっと守られてきたことなのですね
 グラスを回すと内側の液体も回転する。
……今のはワインのことでしょうか
だろうな。なかなかいいワインだったんだが
 ギルドスタッフ間で使われる特赦な発声法による会話は他の者に聞かれることはない。
魔界を維持していくためにも持ち出されたものを取り返さなければならないのですね。ですから、貴方たちから回収をするしかないと思ったのですね
交渉の余地は?

 ミトロは乾いた唇を舐めながら問いかける。


 目の前の存在はフェアリーアイを持ち、人間界最高峰の精霊魔法使いであるミトロよりも強い。

 冒険者を引退して久しいとはいえ、現役のトップクラスにも実力は引けを取らない自信はあった。

 だが先ほどの攻撃を認識できなかった以上、アーガルの実力は自分よりも上であると認めざるを得ない。


 だがここにはカレタカがいる。

 カレタカならばなんとかしてくれる。

 そういう無条件な信頼をミトロは持っている。

できると思っているのでしたら愉快なお方ですね
それならば仕方がないか

 カレタカが一歩前に踏み出す。

 その瞬間、アーガルが後方へ飛び退った。

貴様! なんだぁ!?

 急激な変化にミトロは目を瞠る。

 ただカレタカは距離を詰めようとしただけだ。たったそれだけの行動にどうしてこうも大げさな反応をする必要があったのか。

なん、なのだ……

 首が落ちる。

 重い水音を立てて地面にアーガルの頭が転がる。

 数瞬後、首のない体がうつ伏せに倒れる。

……え? な、何が……?
 ミトロが問いかけるようにカレタカを見る。
さっきのやつの応用っていうか、あいつが下がる位置に置いておいたんだよ。そこに自分から突っ込んで自爆
 首が落ちてしまったアーガルの肉体がドロリとした黒い液体になっていく。
どうせ仮初の肉体だ。放っておけばそのうち消えるさ
 カレタカの言うとおりアーガルの首と体は消え、それと同じくして結界も消失した。
カレタカさん。このことは……
ギルドマスターである俺が見ていたから報告は不要だ。魔界産の美味いワインを飲もうと思ったら、ちょっとばかり骨が折れそうだな
取引をやめるという選択肢はないのですか?
ないな。言っておくが、親友同士の交友関係も制限するつもりはないぞ
べ、別にカオリは親友ってわけでは……
よし、帰るか。送っていこう
はい……
 二人が去った後は、いつもの墓地の光景となっていた。
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登場人物紹介

カレタカ

ギルドマスター。過去の経歴は謎だが、ギルドマスターとして信頼されている。

暗い金色をした猫っ毛のせいで頭はいつもボサボサだが造形は悪くない。イケメンボイスの持ち主。

ミレーア

ギルドスタッフ。笑みを絶やさない受付係。

特別に美人というわけではないが、親身になって話を聞いてくれるので人気らしい。

キョウコ

ニホンの女子高生。ウェイトレスでバイト経験あり。ギルドスタッフとして就職した。

マレスコ

スカウトの冒険者。特定のパーティーには所属していない。なかなかの腕の持ち主。

パルメ

ファイターの冒険者。特定のパーティーに所属していない。面倒見のいい女性。

ケンジ

ニホン人だったがわけあって裏稼業に身をやつしていた。現在は冒険者として活動をしている。

マサアキ

ニホンの学生。ネットでいろいろと知識を蓄えていたらしい。そんな事前準備をするよりも先に何かしておくべきではなかったかとか言ってはいけない。意外に手先は器用で頭は回るもよう。本人としてはコミュニケーション能力もあるとのこと。

ケンイチ

ニホン出身。大のメイド好き。大の前にあと3つぐらい形容が必要かもしれない。彼のパーティーメンバーは全員、メイド服を着ている。

カヨ(ミトロ)

ニホンの女子高生。クラスメイトとともにこの世界へやってきた。種族選択で珍しい古エルフを選んでいる。最高峰の精霊使いフェアリーアイとしても知られる。現在はギルドスタッフとして働いている。

カオリ(グレンフォレス)

ニホンの女子高生。カヨとはクラスメイトだった。種族選択で魔王を選んだ魔界を統べる魔王の一人。

アーガル

魔界の住人で魔将軍の一人。

ロセス

ギルドスタッフの一人。カワイイ。

ラクリマ

ニホンから来た女性。現在はギルドスタッフとして働いている。コイバナ大好き。

ツェラー

パーティー〈神速の燕〉のリーダー。憧れの冒険者をまねて腰から二本の剣を下げているが、未熟ゆえに一本の剣だけで戦っている。まだ駆け出し。

コレル

パーティー〈神速の燕〉に所属するプリースト。幼い頃に熱病にかかったことで信仰に目覚めた。落ち着いた物腰だが冒険者としてはまだ駆け出し。

クルーガー

パーティー〈神速の燕〉に所属するスカウト。弓が得意。パーティーの耳と目を担当しているがまだ駆け出し。

エムリヒ

パーティー〈神速の燕〉に所属するソーサラー。祖父は爆炎系の魔法が得意だったクロイツナハで彼に師事していた。まだ駆け出し。

ジョルジュ

パーティー〈黄金の盾〉のリーダー。実家は裕福な商家で冒険者になるにあたりいろいろと援助をしてもらっている。立派なプレートメイルはその一つ。まだ駆け出し。

シュウジ

ニホンの学生。現在は実力のあるメンバーと冒険者をしている。なお、全員、シュウジよりもレベルが高い。

アキラ

ニホンのサラリーマン。ビール大好き。

レゼルバ

槍の使い手であるパーティーのリーダー。少し言葉に訛りがある。まだ駆け出し。

ク・ホリイ

ニホン出身。槍の使い手としてはこの世界でも上位にある。

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