ベテラン交渉人の失敗 5

文字数 488文字

「俺は冒険系の漫画が好きなんだ」

「そうか」

橘は犯人の話を受け止めるように返す。

「冒険系の漫画は困難を乗り越えて成長していくから好きなんだ」

「なるほど」

一瞬、犯人の呼吸のリズムが変わり、会話のリズムが乱れる。

「俺には妻と息子が居てな」

「妻と息子が居るのか」

「ああ」

犯人は身の上話を始めた。

辛かったのだろう。

堰を切ったように話し始めた。

その話に「なるほど」、「それで」、「そうか」と相槌をする。

時々、犯人は身の上話に「はは」っと苦笑いする。

「俺、今日リストラにあってさ」

犯人はぽろっと呟くと話が止まった。

数秒沈黙して、橘は返した。

「リストラにあったんだね」

「そうだよ、毎日一所懸命に仕事してきた。それがこれだよ。どういう顔で家に帰ったらいいんだよ」

「毎日一所懸命に仕事してたのか、凄いじゃないか。私なんて少しでも手を抜こうと、事務作業を何とか擦り付けているさ」

「ははは、お前、本当に警察か?」

犯人の声が明るくなる。

口角が上がっているのが、声でわかる。

「警察って言ったって、会社員と何ら変わらないよ」

「お前、何て呼んだらいいんだ?」

「私は橘だよ」

「橘さんか、面白い警察も居るんだな」
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