第51話 最終兵器よじろー殿

文字数 2,245文字

 合宿最後のミーティング。みんなはオープンテラスに集合して、テーブルを囲んでいた。
 そのテーブルには簡単な飲み物と、それから軽い昼食が用意されている。それからノートと、大会の要綱が記載された書類もあった。



「うむ。やはりこれでござろうな」

 ユイが走順を決めて、それをノートに書きこんでいく。

「今回の大会は、ママチャリ1台を全員で交代して乗るリレー形式。ここにいる4人の登録者のうち、それぞれが違うコースを走る駅伝のようなものでござる」

「ああ、聞いてるよ。で、そのレース用に仕上げたママチャリで戦うんだろ?」

「自転車そのものがタスキやバトンの代わりになるわけだねー」

 九条と与次郎の声に、ユイはそれぞれ目を合わせて頷いた。

「うむ。まずは第一セクション。ここはアップダウンの少ない中距離コース。競技場の200メートルトラックを3周して、それから公道に出て4.5キロメートル。合計で5.1キロメートルのセクションでござるな」

 ママチャリ的には、それなりに長距離にも感じられる。

「ここは拙者が出るでござる。最初からいきなり飛ばして、相手チームの戦意を削ぐでござるよ」

「なるほど。ちなみに、どのくらいのタイムを予想しているんだ?」

「うーむ……最初の競技場ではコーナリングが多いので速度が落ちるでござるが、それでも拙者なら平均時速35キロは出せるでござろう。都合、9分はかからぬ」

「化け物かよ」

 原付乗りの九条としては、面目も丸潰れに近い。

「誰が化け物でござるか。失礼な――」

 ユイが頬を膨らませる。九条は少しだけ笑いそうになったが、何やら笑ってはいけない気がしてこらえた。彼が仏頂面と呼ばれる理由はその辺にあるのかもしれない。



「で、アタシが2番目だな」

 アミが隣から、ノートを奪い取って言う。

「う、うむ。第2セクションは、上り坂の3.5キロメートル。平均勾配は5%と聞いているでござる。距離こそ短いが、実際には全セクションで最も長い戦いになるでござるな」

 上り坂では、脚を休めることが出来ない。ペダルを止めた瞬間に急減速してしまう。
 一度でも減速すると、そこから立て直すことが出来ない。その都合上、ずっとペダルを漕ぎ続ける必要がある。

「アミ殿の肺活量と、急速の回復力が頼りでござる。期待しているでござるよ」

「おう。任せとけ」

 妙に気合の入ったアミは、にこやかにそう答えた。

「アタシに出来る事なら、どこまでだってやってやんよ。男子たちには負けないから、そのつもりでな」

 アミが九条や与次郎に向けて、キラキラした目を見せる。

「おいおい。俺たちは味方同士だろ」

「いやー、良いんじゃない? ぼくも本気で行くよー。直接対決じゃないけど、競い合うつもりで行こうか」

「えへへー。やっぱヨジローは分かってんな。全員で勝って祝勝会と行くぞ! 負けて反省会なんかしないからな」



「さて、俺が一番楽な3番手か」

「む? いやいや、確かに第3セクションをお願いするのでござるが、言うほど楽ではないでござるよ」

 上り坂があれば、必ず下り坂もある。第2セクションが登りなら、第3セクションは下りだ。

「ここからが復路でござるな。第2でアミ殿が登った坂を、今度は下ることになる。その勢いのまま走り続けて、合計4.3キロメートルを走るコースでござる」

「復路と言いつつ、往路と距離が違うんだな」

「うむ。どんな意図があるのか分からぬが、まあ下り坂だから体力的には大丈夫でござろう。問題はコントロールでござる。その点、普段からバイクに乗っている九条殿が有利でござるよ」

「バイクと自転車、だいぶ違うんだけど?」

「その点も大丈夫でござる。九条殿の能力、この合宿で見極めさせてもらったでござるよ。信じておる」

「……そうかい」

 ユイにまっすぐ見られて、何となく目を反らした。彼女の視線は時々、どんな武器より怖くなることがある。



「ってことは――アンカーは、ぼく?」

 与次郎が恐る恐る、自分を指さした。

「うむ。最後は3.7キロメートルの公道を駆け抜けて、競技場に帰ってくるだけのコース。戻ってくるだけで終わりでござるから、体感では最も短いコースとなるはずでござる」

「瞬発力を重視した内容ってわけ?」

「うむ。よじろー殿はパワー重視でござるからな。ここぞという時にやってくれると信じているでござるよ」

「でも、ぼく自転車のコントロールとか苦手だよ?」

 実際、彼が本気で走ると、自転車は軽く蛇行する。単に力があり余り過ぎるのと、フォームが雑なのが原因だ。

「大丈夫でござる。拙者の予想では、この終盤になれば他の選手もバラバラになる。密集状態のデッドヒートは無いでござるよ」

「そっか。速い人たちはさっさとゴールに向かうし、遅い人たちはそれなりに諦めも出るだろうからね」

「うむ。ま、拙者の計算だと、最初に拙者が作ったリードを奪い返されることはないはずでござる。期待しているでござるよ」

 正直言えば、与次郎には過ぎた大役だった。それは本人も自覚している。
 本音を言えば、怖い。自分の走りが最終的な順位を決定してしまう。それほどの重責を負う自信はない。
 ただ、覚悟だけはある。

(――迷うなよ、ぼく。本当の勝負は、ゴールした後だろう)

 頭の中で、自分に言い聞かせる。

(勝つんだ。勝ってユイちゃんに、告白する。その怖さに比べれば、アンカーの重責なんか軽いもんさ)

「よーし、任せてよ。ぼくの本気を見せてやる」

「いいぞ! ヨジロー」

「せいぜい頑張れよ」

「頼んだでござるよ。よじろー殿」
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