5−3

文字数 1,907文字

 こんな風に央ちゃんをからかってはいるものの、今央ちゃんに会えたことであたしはかなり安心している。央ちゃんの優しさは痛いほどに伝わってくる。

「ねえ央ちゃん。あたしが先輩を好きだって思う気持ちは不正解だって言われちゃった。もう付き合ってられないって」
「何だそりゃ、どういう意味?」
「分かんない。あたしが先輩を好きじゃないことが正解って言われてるみたい。仮にあたしが不正解だとしたらさあ正解って何になるんだろ」

 央ちゃんの頬がぷくりと膨らんだかと思うと、央ちゃんはあたしの手を握ってマンションとは逆方向に引っ張った。バランスを崩しそうになりつつも、なんとか央ちゃんのスピードについていく。
 央ちゃんに連れられたのは近所のファミレスだった。今日はどこも夏休み明けの試験だったのか、店内は自由を楽しむ高校生で溢れかえっている。

「あれ央太郎、彼女かよー……ってなんだ、梅か」

 入口に近い席に座っていたのは中学の同級生達だった。声をかけてきたのは中三のときに同じクラスだった風間くんだけど、坊主のイメージが強かったので一瞬誰か分からなかった。髪の毛がいくつか束になっていて、攻撃的な髪型になっている。これはおしゃれというやつだろうか。

 中学では央ちゃんと同じ野球部に入っていた人達ばかりだけど、今は皆制服がバラバラだった。今日は久しぶりに皆で集まろうというところだろう。央ちゃんはこちらの集まりに参加しなくてもよかったんだろうか。

「久しぶりだねえ。風間くん、ブレザー似合ってるよ」
「ふふっ、ありがと。梅もヒバジョの制服似合ってんじゃん。お前もうちょっと可愛ければなあ」

 風間くんは明るくていい奴だけど発言が大概失礼だ。そのせいで女子にモテないことは未だに気づけていない。

「梅、いいからパフェ食うぞ」

 央ちゃんはあたしの手を引き一番奥の席へ向かう。パフェなんていらないのに、そんなことをされるとあたしは失恋が確定したみたいだ。ああ、でも『もう付き合ってられない』というのは、それに等しいものだろう。冷静になってくると先輩の言葉を悪い方に考えてしまう。あたしがやれることなんてもう何ひとつ残されていないんじゃないか、と。

 央ちゃんはバサッとメニューを開く。期間限定のトロピカルパフェと、レギュラーメニューのチョコレートパフェに心を揺るがされた。どちらのパフェにするか迷う余裕があるなんて自分でも驚いている。この前は何の答えも得られなかったにも関わらず、ご飯が食べられなかったというのに。

 ──先輩の言う通り、あたしは……。

 そんなことを考えると背筋がひやりとした。あたしは先輩を確かに好きだった、それに偽りはないはずなのに。でも今は呑気にパフェを選んでいるし、央ちゃんは何を食べるんだろうかということさえ考えてしまっている。

 結局ふたりともチョコレートパフェを選んだ。入道雲みたいに真っ白なソフトクリームにチョコソースとクラッシュナッツが散りばめられ、ポッキーが一本突き刺さっている。ひと口食べると溶けて甘さが広がる。揺るがない美味さだ。

「……あたしは不正解だって言われたのに、呑気にパフェ食べてるのが不思議。この前はご飯食べられなかったのにさ」
「……梅、俺余計なことしたかな?」
「ううん。パフェはおいしいから、余計なことじゃない。央ちゃんにはいろいろ話も聞いてもらってるし。ありがと」
「俺にはそれくらいしかできないから」

 央ちゃんがそう言った後、あたし達は無言になってパフェを食べ続けた。あたしは央ちゃんに何と返せばいいのか分からなかったし、央ちゃんも続きを思いつかないようだった。

 食べ進めていくとチョコレートアイスに辿り着いて、甘いバナナとシリアルが絡み合う。一番下にはサイコロ型のコーヒーゼリーが敷き詰められていた。甘いパフェを食べた最後にはほろ苦いコーヒーできちんと締めるようにできているなんて、上手いことやるなあと感心する。

「なあ、梅。その先輩の言うことに納得してる?」
「うーん、正直なところ……納得してない」
「俺もだ。その、辛いのは梅かもしれないけど……俺も納得出来る答えが欲しいって思う。だから梅、頑張ってその先輩ときちんと話をしてほしい」

 自分が納得できないからあたしに頑張れだなんて、央ちゃんにしては珍しいことを言う。央ちゃんは自分の都合で人を動かそうなんてことはしないのに。
 あたしは央ちゃんの勢いに押されて思わず頷いた。

「ありがと、央ちゃん。央ちゃんがいてよかった」
「うん、俺は……梅の親友だから」

 央ちゃんは最後に残ったコーヒゼリーをスプーンですくって口に含む。ちょっと苦いな、と央ちゃんは苦笑していた。
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