第1話
文字数 6,198文字
―新たなる時代ー
世界大戦が終わり世の中がゆっくりと、だが確実に変わり始めていた時代
昔とは違い乗り物も建物も社会も変わりつつある時代・・・
東京では「円タク」と呼ばれる均一料金タクシーが走り、人力車も走り、数は少ないが、ところどころに
そして人々は今までとは違う未来を感じ始めていた。それは何と言えばよいのかわからないけれど、何かが始まりそうな高揚感であり、期待感のようであり、いずれにしろ「新しい」としか表現できないものを漠然と感じとっていたのである、それは不安であると同時に魅力的でもあることなのだ。これはそんな時代の物語
エッホ、エッホ、エッホ・・・
一台の人力車が日比谷の通りを走っている、座席には女学生が一人座っており
写眞とさし絵の多い大衆雑誌を読んでいた。
♪いのち短し 恋せよおとめ
黒髪の色 褪(あ)せぬ間に
心のほのお 消えぬ間に
今日はふたたび 来ぬものを
【ゴンドラの唄】吉井勇作詞・中山晋平作曲
「はあぁ・・素敵な
その女学生は、綺麗な絵と詞の頁(ページ)から顔をあげると雑誌を胸にうっとりと、ひとりごちた。
女学生の見た目は、海老茶の袴に茶色のブーツ、
エッホ、エッホ・・
「そう思わない?ムホーマツ」
女学生は
「そうでやんすね」
ムホーマツと呼ばれた俥夫はナマった言葉で前を向いたまま事務的に答える。
名前を呼ばれるところから、どうやら女学生専任の俥夫らしい。
「吉井先生は脚本家としても名高い
あっ、でも耽美派といってもあっちの方じゃなくて西欧の美を追求する芸術的な風潮で・・・」
ぺらぺら喋りながらなぜか赤面して説明する女学生
「そうでやんすね」
やはりオウム返しに答える俥夫、女学生はその態度に不満を表した。
「ムホーマツ、オウナァであるわたしが聞いているのだからもっと感情こめて答えなさいよ」
女学生はジト目で後ろからにらみつけるがムホーマツは微動だにせず走り続ける
「感情・・それは無理ってもんでやんす、なんせあっしは・・・」
ぐるん、と頭を180度回転させて女学生のほうを向き、まんじゅう傘の下から顔を上げる
「ロボットでやんすから」
チカチカと長方形の口の中のLEDが光る、喋るときはこうして光るようになっているのだ
「・・そうだったわね」
女学生は無駄なことを試した、とでもいうように冷めた表情になる。
「とりあえず前を見なさい、危ないから」
「へえい!」
ムホーマツと呼ばれた俥夫の頭は回転して再び前を向いた、ムホーマツは上半身は半被(はっぴ)を着ており人間とさほど変わりはない、全体的に細身のボディで、もろい感じを受けるが空気抵抗は少なく、丈夫な鋼鉄でできており、190cmの長身で脚も長く開脚幅を広げればけっこうな速度で走れるのだ。
半被の背中には『大和』という文字がゆれている・・・。
女学生は前かがみで腕置きに頬づえをつき、つまらなそうに言う
「擬似感情ソフトを入れてみたのに・・反応がいまいちね」
「あっしは俥引きが仕事でやんす、マップや住所録いれるならまだしも、怪しげなフリーの感情ソフトなんぞ入れんといてください」
ムホーマツと呼ばれたロボットは抗議した。
「ふふ~んだ、そろそろ車を買い換える時期かしらねえ・・・」
ぼそりとつぶやく女学生、それを聞いて驚くムホーマツ
「そんな、酷いですお嬢、あっしは東京へ来る前からお嬢専用の車でっせ、まだ3年もたっちゃいませんぜ、物は大切にしろって大旦那様さまだっておっしゃられてたじゃあーりませんか」
「とりあえずその《お嬢》というのと関西なまりっぽさを直しなさい」
「オオオ、せっしょうでっせ、お嬢だって京都のじゃじゃ馬と呼ばれ、ポンコツにした車は星の数ほど・・・」
それを聞いてニラむ女学生
「黙りなさい、あれはチューンナップを失敗しただけよ!フツウの車で中古ばかりだったじゃない。それに俥夫ロボットのオウナァはあなたが最初でしょ、まだポンコツにはしてないわよ」
「大旦那様に買っていただいた初めての俥夫付きロボ
オーイオイオイ・・・と片腕を顔にあて泣くムホーマツ
「ちゃんと機能してるじゃない、感情ソフト」
「あっ、ホントだ」あっさりと元にもどるムホーマツ
「感情・・ってこんな感じで話せばいいんっすかね?お嬢」
「知らんわ、もう」
などと、関西ふうボケツッコミをやっているうちに東京駅近くまでやってきた。女学生のテンションが上がる。
「きゃー東京駅よ、あれが有名な赤レンガ造り、麗しねえ」
「おのぼりさんですか?お嬢、恥ずかしいです」
「そんな感情あるはずないけど・・そう、それでいいのよムホーマツ、その感じで話すのよ」
「めんどいですね、このソフト」
女学生は駅を見ながらつぶやいた
「ところで東京駅っていつから建ってるの?」
「昔からでやんす」
「そういう意味じゃなくて・・・」
「あっしにこれ以上知識ソフトを入れないでくだせえ、容量がパンクしちまいます」
と、ムホーマツに表情はないが本気でイヤそうな声で言った。
「しょうがないわねえ、ちょっと休憩しましょう」
女学生はそういいながら、かけているメガネのつるをいじる。ロボ力車は駅前広場の一角に停車した。俥を置くと、ガシャンと
「はい、ムホーマツ、自販機で飲み物買ってきてね」
そういって女学生はICカードを渡す、ムホーマツは俥と俥夫ロボットが分離できるタイプなので万能型と呼ばれる、万能型は俥を引く以外にも用事をたのめるのだ。
「何がいいっすか?」
「レーコー1本」
「へえい、了解でやんす」
カシャンカシャン・・と単独で歩き、駅の方へ行ってしまうムホーマツ。
ぼわーんん・・と女学生のメガネが起動して左側のガラスに半透明で小さな窓が映った、これはメガネ型のディスプレイでウェラブルコンピューターの進化したメガネだった。
【こちらGFPナビゲーションコンピューター、個別モードに自動切切り替え・・】
機械音の声が聞こえる。
PPPPPPPPP・・・〔モード切替〕
「んっ、何じゃおまえさんかい撫子(なでしこ)」
顔は映らないが、声が年配者の男の声になった、音は耳の上のつるの部分から骨伝導によって直接聞こえる、自分の声も逆の流れで相手に伝わる電話でもあった。
「こんにちは
「こりゃ、何度言えばわかるんじゃ、わしはクラウド型コンピューティングシステムのナビゲーション・コンピューターじゃよ、人間ではないぞ」
「クラウドって雲ってことでしょ」
「だから雲ジイか?単純じゃの」
「いいじゃない別に」
「何の用じゃ撫子、今は作戦行動中ではないぞい。おまえさんも東京へ転校してきて、なれた頃じゃろうが」
「広すぎて全部見れないわ。ところで雲ジイは全世界と繋がっているから案内もできるのよね」
「まあナビコンじゃからの、検索と伝言もできるぞ」
「ネオ東京について教えてほしいんだけど・・・」
「わしをそこらへんの観光案内ナビと一緒にするんじゃない、それにウェラブル眼鏡コンピューターをかけとるなら、ググレばいいじゃろうが?ARでも普通に案内されとるはずじゃぞ、トーキョーならば」
「いいじゃない、わたしは捜査官なんだからより深く正確に知ることも必要なんでしょ」
「ううむ・・・」
「それに、表面的な情報じゃなく裏の裏まで知っている雲ジイの検索能力をぜひ見ておきたいのよ」
言いながら手をあわせ拝むしぐさをする
おだてにのるコンピューターというのも珍しいが、それだけ人間に近いインターフェイスなのだろう。
「ま、まあ、そこまで言うのなら少しぐらいやってみてもいいじゃろう」
「ありがとう、雲ジイ」
撫子は目の前にある東京駅を見上げた。
「ちなみに今みている東京駅は古いって聞くけど・・・」
それを聞いて雲ジイのナビコンは説明に入る。
「東京駅は1896年の第9回帝国議会で「中央停車場」を建設することが可決され、日清戦争と日露戦争が終わった1908年から建設工事が本格化し1914年(大正3年)に開業式が挙行され、中央停車場は「東京駅」と命名された。設計は当時日本建築界の第一人者、辰野金吾
赤レンガの鉄骨造り三階建てで、左右に八角形の広間を配し、鋼板葺きの巨大ドーム、壮麗なるルネッサンス様式、御影石と高級木材がふんだんに使用されておる。
その内部も外部も荘厳と重厚感にあふれまさに日本を代表する建築物なんじゃ」
「はあーやっぱり凄いのね、普段乗り降りする駅が名所なんて素敵なことじゃない」
「しかし東京駅は2012年にリニューアルされておる、それでいえば
「えっ、そうなの!でも東京駅以外の他の建物も、低いレンガ造りみたいなものが多いわよ?」
「それは今がレトロ・ブームだからじゃ」
雲ジイもだんだん
「これって昔からあるのじゃないの?」
「この東京駅は一部は古いがすべてではない、これ以降も都市開発は進み、新たな古びた建物がジャンジャン建て広がっている」
「新たな古びた・・ねえ?」
「今は西暦なら20××年、22世紀も近いんじゃ、少し前のトーキョーは高層ビル群が林立し、高速道路も高架だったんじゃ、日本橋の上にも道路があったんじゃぞ」
「へえっ、想像もつかないわ。空中に道路なんて未来っぽいわねえ」
「いや昔の予想では、未来の人々は銀色のつなぎ服を着て、ヘルメットみたいな帽子を被ると思っていたそうだが・・・」
「アハハ・・何それ」
「WarⅢ以降のレトロブームにより東京の都市開発は懐古復帰がメインになったんじゃ、高層ビルは削られ、高架は地下へ、みな東京駅にマッチするよう改修・開発が進められこんなふうになったわけじゃ。そう考えると昔のほうが空中道路とか超高層ビルとか未来を実現していたのかもしれないのう」
「そうねえ」うんうんと
「汐留高層ビル群はまだ少し残っておるが、そもそもトーキョーは、昔から地震や火災などでよく壊れる都市でもあったんじゃ、何度も壊れ何度も直す、常にどこか工事中。そういうわけで日本人は造るのが得意となり、トーキョーは世界でも珍しい平時でも常に変化する都市となった。しかし変わるものもあれば変わらないものもある、造るのが得意ということは補修するのも得意ということじゃからの。東京駅も地震や戦争で壊れたりしたが、2012年に最初の姿に復元されたわけじゃ、ただ中身は当時の最新技術が使われておる、現代のレトロブームのはしりみたいなものじゃ。
今のブームはこれのマネをしたと思えばよい、さらにブームは服装や交通機関にまで波及し、お前さんの服やロボ力車の登場とまでなったわけじゃ。まさか日本中に広まるとは思わなかったがのう・・」
「セーラー服を着てる
「21世紀初期は逆だったんじゃ、20世紀初期はそのまた逆だったんじゃ」
「どっちなのよ?」
「まったく・・現代がこんな明治、大正時代のごとくややこしくなるとは誰が予想したじゃろう?これらはもうブームというより社会現象といったほうがよいのかもしれん」
「それは見かけだけでしょ」
「たしかに、明治、大正時代に携帯電話はないからのう・・・そうじゃ撫子、おまえさんにある名言を教えよう」
「名言?」
『ある時代において新しいものは、その二世代前に流行った復活版にすぎない』
バーナード・ショー(19~20世紀イギリスの劇作家・小説家・ノーベル文学賞受賞者)
「二世代・・?四世代くらいじゃないの」
撫子はいぶかしげに聞き返す。
「細かいことはいいんじゃ、要するに流行は繰り返す、ということじゃ」
「ふーん・・」
「たとえば大正の時代はのう、国より個人の欲求が優先した大衆消費社会の始まりだったんじゃ、政治的な問題はもちろんあったが、それより経済、娯楽、恋愛、文化的側面が花開いた時代でもある。別名・・ろ・・」
そのときムホーマツが缶コーヒーをスッと差し出した。
「お嬢、レーコー買ってきやしたよ」
「ありがとうムホーマツ」と受けとる撫子
「それじゃそれ、そーゆーのがレトロブームなんじゃ」
「えっ?」
「レーコーなどという言葉、昔の関西圏の人間しか知らんわい」
「アイスコーヒーのことでしょ?ふつうに使ってたわよ、京都でも、みんな・・」
「それを若いもんが喋り、ロボットにインプットされとることを不思議に思え!」
「えー思わないわよう、レーコーはレーコーじゃない」
「だからややこしくなるんじゃ、流行は繰り返すと言ったじゃろうが・・まったく最近の若いモンは・・ぶつぶつ」
「ああっ、今ので私のICOCA(イコカ)カードの残金が!」
撫子はコーヒーといっしょに返されたICカードを見て驚きの声をあげた。
「なくなったのなら駅でチャージしてくればよかろう・・ぶつぶつ」
「ええと、そのための現金がないわ・・・」
「では銀行で現金を下ろしてくればよかろう」
「えーっと、今日キャッシュカードは持ってきてないわ」
「なんやそれ、ええかげんにせんかーーい、ビシッ!」
声しかないので効果音付きで雲ジイはツッコミをいれた、いろいろと優秀なコンピューターである。
エッホ、エッホ・・・・
再び撫子を乗せたロボ力車は走っていた。
「ええと、ここから近い銀行は?」
くるくるとメガネ型ディスプレイで検索する撫子。
「最近は銀行じたいが少ないから困るわ・・・あった!」見つけたらしい
「ムホーマツ、日本橋へGOよ」
「はあ~、お嬢といると疲れます」
「あなたが疲れるわけないでしょう」
「感情プログラムでやんす・・」
「こうなったら銀行が閉まる前に窓口でお金をおろす、という都市伝説を試すしかないでしょ」
「フツウにできるんじゃないっすか?」
「やったことないのよ、そんなこと、今は電子マネーがフツウだし」
「日本橋は江戸の昔から商業が栄え市場や金融などの本店も多く歴史が・・・」
「あら雲ジイ、まだいたの?もういいわありがとう、ログオフ」
「なんじゃと?まったく最近の若者は辛抱がたらん、最後まで聞・・ブツンoff」
「それじゃあ急いでムホーマツ」
「ヘイヘイ・・・アラヨットお!」
ロボカ車はスピードを上げるのだった。