Episode13 Pharaoh -太陽帝-

文字数 3,258文字

 深夜の博物館。
 古代エジプトの遺産が並ぶ特別展示室で、頼都(らいと)鬼火南瓜(ジャック・オー・ランタン))、リュカ(人狼(ウェアウルフ))、ミュカレ(魔女(ウィッチ))、そして狭間那(さまな)の四人は、砂漠の女王、ネフェルティティの“幽霊(ゴースト)”と対峙していた。

「その問いに答える前に、こちらからも問おう『Halloween Corps(ハロウィン コープス)』とやら」

 ふと、ネフェルティティが薄く笑う。
 そうするとこの世ならぬ美貌も相まって、蠱惑的な様相になった。

(わらわ)の正体を知って何とする?」

「決まっている」

 右腕に炎を宿したまま、頼都は告げた。

「テーベの虐殺現場では、何者かが人間を貪り食らった痕跡があった。猛獣の仕業とは到底思えない方法でな。俺達はその犯人を探し出して始末しなきゃならん。理由は…さっき話した通り“(ルール)”違反だからだ」

「ほう」

「なぁ、女王さん、あの墓所の主はあんたの亭主だ。だが、(ファラオ)の遺体は無かった。盗掘されたのかと思ったが、俺達が見た限り、その線は薄い。何故なら、あそこには“人面獅子(スフィンクス)”が配置された痕跡があったからな」

 “人面獅子(スフィンクス)”…その姿は、ギザの大スフィンクス像で有名である。
 エジプトやギリシア、メソポタミアなど、地中海から西アジアの神話に登場し、獅子の体に人間の顔を持った怪物(モンスター)のことを指す。
 古代エジプトでは、(ファラオ)の威光を表す守護聖獣であり、歴史の古さでは怪物の中でも群を抜く存在だ。 

「だが、守護者たる“人面獅子(スフィンクス)”の姿は無かった。王家の守護聖獣たるアレが、(ファラオ)の墓所を離れるとは考え難い。それを可能とするのは…」

 頼都の目が鋭くなる。

(ファラオ)の勅令のみだ」

「つまり…我が夫、アクエンアテン王が“人面獅子(スフィンクス)”を解き放った、と…?」

 ネフェルティティの言葉に、首を横に振る頼都。

「いいや。さっきも言ったが、(ファラオ)の棺はもぬけの空だった」
  
 そこで右腕を軽く振るう頼都。
 紅蓮の残滓が、闇夜を裂くように焼いた。

「“人面獅子(スフィンクス)”への命令権(オーダー)は、(ファラオ)以外に行使は不可能だ。だが、その(ファラオ)がいない。しかし、別の可能性がある」

 燃え盛る指を、ネフェルティティに突きつける頼都。

「もし、(ファラオ)自身が、

としたら?」

 特別展示室に沈黙が下りる。
 狭間那は、ゴクリと唾を呑んだ。

「それでは、つまり、このネフェルティティは…」

「王妃ネフェルティティ…その美しさ以外、素性は全くの不明。あのアクエンアテン王に付き添った女王の割には、謎が多すぎる。でも、こうは考えられないかしらん?」

 ミュカレがネフェルティティを見上げた。

「王と女王…二人は

だった」

「…」

 無言のままのネフェルティティ。
 ミュカレは更に続けた。

(ファラオ)の墓所には空の棺。一方、同じ墓所にあった筈の女王の棺は、不可解な手続きを経て、こんな極東の島国まで運ばれて来ている…これっておかしな話よね」

「…」

「王と女王の二役なんて、荒唐無稽な推論だけど、魔術を使えば、そんな問題も簡単に解決しちゃうしね?」

「…」

「あと、こんな証拠もあるわよん?ね?リュカ」

 薄く笑うミュカレ。
 その横で、リュカが鼻を差し上げ、においを嗅いでいる。

「間違いありまセーン!このニオイ、あの神殿にあった王の棺に残っていたニオイと全く同じネー!」

「におい…?そ、そういえば、怪現象の報告の中にあった『妙な香り』っていうのは…」

 狭間那の鼻孔にも、微かな香料のにおいが届いた。
 ミュカレが説明する。

「古代エジプトでは、香料は生活に密接な関係を持っていたのよん。記録では、日の出・正午・日没に、それぞれ一日に3回、違う香りが焚かれてとされているわん。ちなみに、日の出には『乳香(フランキンセンス)』。正午に『没薬(ミルラ)』。そして、日没には『調合香(キフィ)』が、それぞれ焚かれていたらしいわねん」

「そ、それがこのにおいだと…?」

「そ。で、中でも『調合香(キフィ)』は、調合が複雑な上、別名「神々を迎える香水」と呼ばれていてねん。誘眠香として焚いたり、薬として服用したりなどしていたと記述されているけど、もう一つ、別の用途があったのよん」

 そう言うと、ミュカレは静かに告げた。

「『調合香(キフィ)』はね、

のよねん。だから、王の棺にはその香りが残っていた。どう?合ってるかしら、女王陛下?」

 室内に再び沈黙が下りる。
 その中で、小さな含み笑いが生じた。

「フフフ…ククク…フハハハハハハハ…!」

 沈黙していたネフェルティティが、突然哄笑する。
 そして、ゆっくりと頼都たちを見回した。

「見事である『Halloween Corps(ハロウィン コープス)』!」

 突然、その身体の背後に複雑な聖刻文字(ヒエログリフ)で構成されたが円陣(サークル)が刻まれ、その中から無数の白い布が宙を舞う。
 白い布は、ネフェルティティの体に巻き付くと、まるで包帯のように全身を覆い始めた。
 一瞬の後に、地面に降り立ったのは、頑強な体躯をした一人の大男。
 顔には目鼻口を覗かせた黄金の仮面(マスク)が形を成し、そこから見える口に笑みが浮かぶ。

()(ファラオ)聖名(みな)をアクエンアテン!太陽を司る唯一神(アテン)に選ばれし万物万象の(みかど)なり!」

 手にした王杖を振るいつつ、告げた。

「そして、同時に神妃ネフェルティティでもある!」

「ビンゴか」

 頼都がニヤリと笑う。

「アクエンアテン=ネフェルティティ…さすがだぜ、痴女(ビッチ)。お前の仮説はドンピシャだったようだ」

 それにリュカがプンスカむくれた。

「OH!私もちゃんと隊長(キャプテン)に言われた通り、ニオイ覚えてきたヨー!」

「おう、でかした、ワン公。こいつを片付けたら、後で骨付き肉もくれてやる」

「No!だから、犬じゃないって…って、Realy(ホント)!? Yeah !俄然、ヤル気が出てきたヨー!」

「お褒めいただき光栄ねん。でも、それより気を付けて隊長(キャップ)

 召喚した杖を手に、ミュカレは油断なく身構える。

「女王形態(モード)は“幽霊”だったけど、今の王様形態(モード)は…間違いなく“不朽人(マミー)”よ」

 “不朽人(マミー)”…いわゆる“ミイラ”は、様々なカルチャーで知られる怪物の一体だ。
 “ミイラ”は元々、古代エジプトや古代インカにおける埋葬・人身御供などの風習に由来する産物である。
 中でも、古代エジプトでは“ミイラ”は「来世・復活信仰」と密接に結びついており、古くからミイラ生成の技術が確立されていた。
 故に、古代エジプトの王族は来世での復活を祈願され、その遺体を“ミイラ”にする事例が多い。
 “不朽人”は、その成功例の一つではあるものの、生前のような肉体は持たず、強力な呪いにより稼働する不死怪物(アンデッド)の一種である。

「強いですカー?」

 愛刀“狼一文字(おおかみいちもんじ)”を構えながらそう尋ねるリュカに、ミュカレは頷いた。

「人間を凌駕した馬鹿力に、自らを稼働させる呪いの力で、相手を呪い殺したりもできる怪物よん。あんまり油断しない方がいいわねん」

「慧眼だな、魔女よ」

 (ファラオ)が笑う。

「そも、汝ら下賤の者が我が身を打ち滅ぼそうなど、断じて不可能!」

「そうか?」

 対する頼都も、不敵に笑った。

「なあ、王様よ。そんな火が点きやすそうな格好でこの俺の前に立つな。何だか無性に…」

 言いながら、頼都は炎に包まれた右腕を振るった。

「焼き尽くしたくなっちまうだろうが!神紅ノ鏃(クリムゾン・キャノン)!」

 紅蓮の右手から炎の矢が放たれる。
 それは、避ける間もなく、アクエンアテンへと迫った。
 が、

sh(シュ) ihi(アハア)

 呪文と共に王杖を振るうアクエンアテン。
 すると、その眼前に水の膜が生じ、炎の矢を難なく消滅させた。

太陽神(アテン)の申し子たる余に、炎を差し向けるとは…愚の骨頂!」

「この、干物風情が…!」

 続けざまに再度炎を放とうとした瞬間、

「待て!矛を収めよ、焔魔!」

 アクエンアテンがそう制止する。
 同時に、室内の風景に変化が生じた。

「何だ!?

「これは…」

 ミュカレが目を見開く。

「二人共、気を付けて!『幽世(かくりょ)』への(ゲート)が開くわよん!」

「な、何!?今度は何なの!?

 狭間那が狼狽えて、頼都に縋りつく。
 それに頼都は怒鳴った。

「ば、馬鹿野郎!こっちに来るな!じゃねえと、あんたも巻き込まれ…」

 その声が掻き消える。
 それどころか、リュカやミュカレ、アクエンアテンの姿すら。
 部屋の中から消え失せていた。
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