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 今年も残り僅かとなり、街には砂埃が舞っているというのに、雪を連想させる音楽や、商店のクリスマス用ディスプレイが目立つようになった。東京では余程寒いと感じても雪が積もることは無い。ちらちらと舞うことはあっても、すぐにアスファルトの上で溶け、黒く濡れた染みを作るだけである。来春の卒業を前に、仲間たちと自主制作を撮ることに夢中になっていた。映画を作る仕事に就くつもりは無かったが、仲間たちと自由気ままに、自主映画を撮ることは気楽で、先の見えない不安を紛らわすのにちょうどよかった。撮影は大抵、監督する者が自分でシナリオを書く。自分で金を出し、自らロケハンをして、準備が整ってから仲間に声をかける。監督自らカメラを持つ場合が多かった。主に学生俳優に協力を求めたが、この時期、自主映画に付き合う仲間は少なかった。世田谷に住む友人宅に泊り込み、俳優のスケジュールを調整したり、ロケ地の使用許可を取ったり、弁当の調達をしたり、制作の真似事をした。時間があっという間に流れ、気がつくと、いつもスタッフの誰かの家で酔い潰れ、そのまま雑魚寝するような日々を送った。負け犬の、最後の足掻きのようだった。この時期になっても、仲間の誰一人として就職は決まらなかった。人生の袋小路に迷い込んでしまった者たち同士、一緒に自主映画を撮ることでしか不安を紛らわす術を知らなかった。根拠の無い自信が、すでに壊れていることに気がついているにも関わらず、認めるのが怖くて、誰かが引導を渡してくれるのを待っている。心のバランスはちょっとしたことで不安定になった。この頃から、小説を書き始めた。初めは遊びのつもりだった。小説家になろうなんて思って書き始めたのではなく、心の奥底に疼くものを書き留めたいと思った。今、自分が直面している袋小路のような絶望感から、何とか逃れたい一心だった。ミライにはしばらく会っていなかった。ミライも必死にオーディションや劇団の稽古に明け暮れている。その方が、テツヤもほっとしていた。会いたくないというわけではない。けれども、会わなくてもいい。会うとセックスはしたくなるけれど、それ以上深くミライの人生に関わって行くことへの「憂鬱」を感じていた。ミライが女優になって、自分よりずっと先を走ってくれた方が、心が軽くなる。仲間たちの出世には恐らく焦燥感を覚えるだろうが、ミライが自分を置いて、しかも酷く残酷な決断をして先に行ってくれた方が、なぜかしら心が楽になるような気がした。
 年が明け、帰省していた生徒たちが戻ってきたのを見計らって、一つのニュースが学校を駆け巡った。学校の経営母体であるN撮影所の倒産という知らせだった。すぐに学生ホールに学校の授業などの継続を保証する貼り紙は出されたが、一部の学生たちは目標を失い不安に押し潰され、絶望して学校を去った。テツヤはすでに目標を失っていたとは言え、改めて映画産業の斜陽を見せつけられると動揺した。自分の行く末が行き止まりであると告げられただけなのに、酷く落胆している自分がいる。すでに見切りをつけた業界への就職を、まだ心のどこかで望んでいたからなのだろうか?もう、卒業制作などどうでもよかった。
 この頃から、故郷である盛岡のことを考えるようになった。盛岡には父と母が暮らしている。帰れば一時は楽になる。けれども袋小路に迷ったままであることに変わりは無い。今更、故郷に帰れないことは自分が一番よくわかっている。東京での冬が深まるにつれ、日に日に故郷盛岡の冬景色を思い出すようになった。いけないとわかっていても、盛岡に帰り、何でもいい、仕事を探して暮らした方が幸せなのかな。けれどもテツヤにはミライがいる。心が重い。水中に沈んで行く鉛のようだ。故郷の冬は一体どんな景色だっただろうか? 今では東京の冬と同じ、乾いたアスファルトに、寒風が吹きすさぶだけである。心の中で、故郷の冬の景色が次第に消えて行くのを感じた。すると、急に息苦しくなった。
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