穢れた結び目

文字数 1,776文字

伯奇(はくき)白兎(はくと)に答える代りに、小さな白いお守りを見せた。

「これは…。
ここのではない
どこか別の神様の“縁結び”のお守り?」

「女が捨てたものだ。」

「なんだ…そう…
捨てちゃったんだ?」

白兎(はくと)はため息をついた。


「月が満ちるまでに溺れた夢から這い上がれるか…。
モノクロの悪夢をゆっくり味わってもらうよ。」

伯奇(はくき)は冷たい眼でお守りを懐にしまった。

伯奇(はくき)が美味しく喰らえる悪夢になればいいね。」

白兎(はくと)はそれ以上、詳しく聴くことをやめた。

「それで、(みずち)になったのか。」

白兎(はくと)は独り言の様に呟くと
フードを被り夢屋から出た。




魔多利(またり)商店街で買い物中の御先たちがそれぞれの神様のところへ
戻っていくころ
夜明けの東の空の色が、東雲色に染まりだした。

境内を
何かに導かれるように、ふらふらと男が現れた
手には刃物を持っていた。
彼女を殺して自分も死ぬと、聞き取れるかギリギリのか細い声で繰り返し呟き、
強い妄想に取り憑かれているようだった。

男の足元に大きなムカデが蠢いている。
一瞬、目が覚めたように辺りを見渡しそして
刃物でムカデを狙った。

「境内の生き物は神の使いだ。
やめた方がいいよ?」

男に声をかけた少年は
色白の人形の様な顔をしている。
男は苛立ち、刃物を向けた。

「なんだ?どけよ!し…」

少年が男の顔に手をかざすと
途端に男は金縛りの様に動けなくなった。
息を吸うのもままならない
男は目を見開いたまま、水から放り出された魚の様に口をパクパクしている。

「死にたいのか?って僕に言おうとしたの?この僕に?」

少年のか細い手は見る見るうちに鱗だらけのまるで怪物の手のようになった
男は動けないまま震えだした

「死にたいとか殺したいとか…
随分簡単に使うじゃないか。
お前自身も言霊を軽く考えているんじゃないの?
ねぇ?どうなの?」

少年の怒りと連動している様に首や頬まで鱗が現れた。
すでに人間の瞳とは明らかに違う。
けれども男は目を逸らすことすら出来なかった。

「僕もね?
【嘘】は嫌いだ。
人間の【約束】は簡単に破られるから嫌いだ。
人間の【想い】はすぐに変わるから嫌いだ。
【言霊】を軽く使うから嫌いだ。
だから、願いを成就したいなら
穢れた結びを解いて
見せろ…お前の本当の願いを。」

走馬灯のように男と彼女の思い出が流れていく

≪愛されたかった、愛していたかった
ずっと一緒にいたかった
独りは寂しい、独りは怖い、独りは嫌だ…≫

殺したいとか死にたいとかは1つもない
ただ
悔しくて、悲しくて、寂しくて、怖くなって…
そして何も感じなくなった
それを“一緒に死にたい”というのが正しいと言葉を選んだだけだった。

(みずち)様。そろそろ…その人間の限界です。」

家守(やもり)が現れ声をかけた。

「解っている。」

男の口がこじ開けられる様に開いていく
(みずち)の手から放たれた小さな光の塊が口の中に入れられた。

「飲みこめ。助かりたいのなら。」

男は口が閉じられると飲みこむように喉がゴクリと音を立てた。

胸元から飛び出していくように光が方々に放たれると
キラキラと夢の欠片が桜の花びらが舞うように散っていく。
それを見届けると蛟は

百足(むかで)…後はよろしく。」

と言った。

人の姿になった百足(むかで)
男の手から刃物をとると
代わりに紅い梅結びの飾りがついたお守りを持たせた。

そして小さな薬瓶の液体を男の見開いたままの両目に少し垂らし
そっと手で耳を包むように顔に触れた。

「悪い記憶は音や色を失くして、心を切り刻む痛みは軽くなる。

大丈夫、忘れられる。

悪縁は断ち切られ、良縁を結ぶ。
周りをよくみたら解るわ…。
貴方は独りじゃない。
怖くない。」

身体中から汗が出て
涙が止まらない

男はその場で崩れるように跪いた。

「もっと良い夢をみなさい?
そしたら正夢にしてあげるから。」

ムカデの紋章が入ったお札を授けると
生暖かい風が男を撫でるように吹き
それと同時に(みずち)たちも姿を消した。
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登場人物紹介

大(だい) / 御先


魔多利商店街と魔多羅神社そして人間界を行き来できる。

魔多羅神社にお参りに来た人間の願い事の本質を聴きわけ魔多羅さまに伝える。


直属の神様は大黒様。

鼠の姿の時はハツカネズミ。


人型は精霊の時の髪色に反映されている為白髪。

鼠の本能的に節操はないタイプ。

しかし、玄(しずか)とは同種でありなが仕事仲間のラインはまだ越えていないプラトニックな関係。


玄(しずか)/御先


大(だい)と同じく直属の神様は大黒様。

魔多利商店街と魔多羅神社、人間界を行き来できる。

お参りに来た人間の本質や過去をみて願い事を見極め魔多羅さまに伝える。


鼠の時は黒鼠

精霊の時は黒髪、赤目。

節操はないタイプだが大(だい)には興味はわかない為、今のところお互いに仕事に支障はない。


伯奇(はくき)/御先


魔多利商店街の夢屋


人間が眠っている間に見る夢をコントロールしてお告げを伝える


悪夢を奪い安らぎを与える一方で

伯奇に悪夢を見せられた人間はほぼ抜け出せない。


新月の夜に伯奇に悪夢を見せられた人間は、満月までに抜け出せないと

現実との区別がつかなくなり精神が崩壊する。

崩壊した魂は伯奇が喰らう。

使い捨ての白い手袋を欠かせない様子に潔癖症を疑われているが

それは仕事に対する完璧主義であり慎重派の姿勢の現れである。


獏(ばく)/見習い


見た目はマレーバク。


二足歩行でき人間の言葉も話せるが、夢喰いとしてはまだ見習い

故に人型の精霊姿はまだ無理。


夢屋で雑務をこなしながら修行中。


伯奇が時々くれる不必要になった夢玉は

毎日頑張っている自分へのご褒美なので

大切に時間をかけて喰らう。


白兎(はくと)/御先


魔多利商店街の薬屋


普段は月に住んでいるため

新月にやって来て満月には月に帰る。


人型の精霊の姿の時もウサ耳だけは消さない。(消せないわけではない)

フードをかぶると両耳が折れてなおり難いのが悩み。


レシピは門外不出なので

魔多利商店街には月で調合済みのものを持ってくる。

(薬のブレンドは魔多利商店街でも可能。)

その場でブレンドするセンスと能力は月の兎でトップクラス。



蛟(みずち)/御先


姿が変態する竜の一種、まだ幼生。

由緒正しき水神の系統。


人型のときの姿は小さな少年。


感情のコントロールが難しくなると(特に怒り)鱗が現れ、人の姿は維持が難しくなる。


家守(やもり)/執事


絶対服従で蛟の家系の水神を代々護ってきた。

現在は蛟(みずち)の教育係であり身の回りの世話から護衛まで任されている専属の執事。

百足(むかで)/御先


夢をコントロールしてお告げを伝える。

直属の神様は毘沙門天さま


「良い夢を正夢にする」ことで人間の願いを叶えるというのが夢喰いの伯奇とは大きく違う点。


悪夢を喰らう獏と良い夢を正夢にする百足は七福神の宝船の帆に描かれている事もある様に

魔多利商店街の

伯奇と百足が組んで動く事も多い。


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