エマージェンシー・エスケープ

文字数 3,944文字

この第1回リハーサルがおわり、とある別の予定があって準備をしていた夜であったと思う。そんなときミエくんから連絡があった。


「豊岡、怖いぐらいの大雨です!」と。

あれはほんとに怖かったです。ものすごい雨音に生きた心地がしないほどでした。
ワタクシは災害であるにしても人間のできることは限られておると思いつつも、その降水をやや甘く見ておった。ゆえ、どうもしようがないと返事してしもうた。
もしかすると、その降水って、7月初めだから……。
さふなり。後に気象庁が「平成30年7月豪雨」と名づけた西日本を襲った豪雨である。死者220名、行方不明10名、建物全壊5236床上浸水13258棟という平成最悪の豪雨であったのだ。
でもミエさんとこって兵庫県豊岡ですよね。水害とか多いんですか?
うぬ、ワタクシは事前に調べて昔大地震があったところだと知っておった(但馬地震 1925年5月23日)のであるが、水害のことは知らなかったのだ。
でも豊岡市内は2004年10月20日の台風23号で円山川の堤防が決壊して大規模な浸水被害出してるんです。私、小さかった頃なんだけど体験してたので、それ思い出して怖かったんです。
そこで国土交通省で各河川の水位がほぼリアルタイムで見られるサイトを見たのだ。「国土交通省 川の防災情報」というページなり。


そこを見てワタクシは慄然とした! その水位情報の表に、危険水位を知らせる赤字が表示されておった!

これがその時の水位表示である!
ほとんどの水位表示が水防団待機になってる! ヒドいッ!
黄色やオレンジも多いし、赤もある! これ、危ないじゃないですか!
とくに円山・奈佐川のところが真っ赤ですね。これ、円山川と奈佐川の合流地点でしょうか? だとしたらもしかするとバックウォーター現象を起こしているかもしれませんね。
バックウォーター現象?
川が合流するときに片方の川からの流入が激しいともう片方の川の排水が阻害されてその川の上流にむけて水位が上がる現象だよ。
地理的にはこの円山・奈佐川の合流地点が立野という観測点で、ミエくんの家はその上流側にあるのだが、このまま降雨が続けば危険性が大きいことがわかった。ワタクシはミエくんの避難準備すべきかどうか、Google地図でミエくんの家の周りを見た。
避難すると言ってもこんな夜中に避難するのは危ないですよ、ヒドいッ。
避難所は周囲に3箇所。しかしそのうち2箇所は水路を渡らねばならぬ。実質使えるのは1箇所のみ。しかもミエくんの家族は体が不自由で避難が難しい。
それで私の家が2階建てなので、2階にいろいろ移動させて朝まで籠城することにしたんです。
これじゃ模型どころじゃないじゃないですか。ヒドいッ。
さふなり。ミエくんとそのご家族の命のほうが大事なり。
わああ、どんどん水位が上がってる!!
しかし下がっておるところも若干あるのだ。この表、豊岡付近の地理に疎いとなかなか状況がわからぬ。
ただ漠然と危ないな、としかわかりません! ヒドいッ。
そこでワタクシはただ心配しておってもしかたがないので、水位計の地点を地図上にプロットして状況を判断することにした。
できればこのホームページがそう地点を地図表示しててくれれば楽にわかっていいよねー。
でもこの情報を公開するシステムを組むだけでも役所は大変だったと思うなあ。
日本の役所は一方では有能ですが、どうにもニーズ調査が苦手なように感じますわ。この情報には大きなニーズがあるのに、それをよくわかっていないような気もいたしますわ。
そしてなんと! ビンボーなのにウェザーニュースの有料の降水情報も買ったのである!
そ、そりゃミエさんが大変なんだもの、情報がほしいですよね。
そういう御波の顔に陰りがさしていた。総裁がミエのことをここまで心配しているのに若干複雑なのだ。
場合によってはJAMコンどころではないかもしれぬ……。ワタクシはミエくんに最悪の事が起きた場合どうすべきかと考えていた。それが午前3時頃である。
ミエさん去年も豪雨で鉄道が不通になってJAMコンにくるのギリギリだったわね。サンライズのキャンセル席をその窮地の福知山駅で引いて。しかもその時の発券番号がC62。あのときのJAMコンのテーマが東海道。ほんと、すごく出来すぎててひどいっ。
出来すぎだけど事実ですからね。ほんと。
まさに実録小説……ぼくたちが非実在女子高校生であること以外はほとんど事実って……。
事実は小説より奇なりと申しますが、これはいくらなんでもやりすぎですわ。
でも事実であるからのう。そして大雨に籠城を決めたミエくんとメッセージをやり取りしながら、ワタクシも夜更かしをしてしまっておった。
3時34分時点である!
6メートル93センチ! ヒドいッ!!
7メートルまであと7センチしかありませんわ!!
他の地点も水位が下げ渋ってる感じ。これは怖い!!
4時01分である!
あれ、6メートル96センチ? 横ばいかなー。
4時12分になった。
6メートル96センチ。横ばいですね。
降水レーダーにもヤバそうなでかい雨雲がそれていくのがわかって、ワタクシはようやく眠ったのである。この7日には予定があったからの。運を天に任せるしか、ねいのだ。
そして朝になったら、こうなっておったのだ。
水位が6メートル以下になってる!!
ミエくんはついに虎口を脱したのである!!
ミエさん毎回なぜかドッタンバッタンだけど肝心なところで運が強いなー。ほんと。ひどいっ。
うむ。ミエくんにはその運の強さで慢心することなく励んでほしいのである。神は神を試すものを嫌うものであるからの。
夜が明けて穏やかな天気に、ようやく私も落ち着きました……今回のJAMコン出展では天気が大きな要素だったと思います。ここまでの酷暑で総裁も私もきつかったですし、その後この大雨でちょっと覚悟を強いられましたから。でも結果よかったんですが。
で、総裁、この日、なにか予定があったんですよね。どこかお出かけだったんですか?
あれっ、11両編成のロマンスカーって……LSE車じゃないですか!!
さふなり。定期運用が終わる寸前のLSEに乗ることにしたのだ。だが、
ええっ、おなじ「はこね」23号なのにこっちは7両編成!? でも今ロマンスカーで7両編成っていったらGSE車だけじゃないですか! それに7両編成なのに乗り場が11号車まであるって、どうなっているのかわからなくてひどいっ!
駅の表示がミスっておったらしいのだ……7両と表示されておったのだが、あとで11両に書き換えられたのだ。
そんなこともあるのかもねー。駅のLED表示って結構いじれるみたいだしー。
てっきりシステム上はすでに運用は7両のGSE扱いになっていて、それを手動で11両と書き換えて間に合わせておるのかと深読みしてしもうたぞよ。
ともあれ、LSE充当のはこね23号、本厚木に定刻どおり到着である。


実はこのとき、上り線にGSEが停車しておった。上りホームからはGSEとLSEの並びがばっちり撮れたであろうの。じつに弥栄である。

ワタクシの最後のLSE乗車であるのだ。
本当にこれでお別れですね……。
最後のLSE車前展望を目に焼き付けようとひっきりなしに人が来たのだ。ちなみにワタクシの席は1号車の中間あたりの席である。
さすがに展望席は瞬殺ですよね。あと数日で定期運用なくなっちゃうんだもの。
さふなり。実はここで前を見ていたのだが、ここで問題が発生した。

前側の席で、席を向かい合わせにしておるおっちゃんがおったのだ。

そのおっちゃん、どうやらテツらしいのだが、仲間とのテツ話に夢中で、全然景色を見ておらぬ。

せっかくの残り少ないLSE乗車なのに……。
大井川鉄道がどうとか、サンライズ出雲がどうとかと話しておる。それはかまわぬ。そしてせっかくの他のロマンスカーとの離合にも気づかず、ゴミを片付けようと席を立って、そういう離合シーンの動画を撮っていたワタクシの前をバッチリ塞いでくれたのである!
ひいいい! そんな!
まあ、それも前の席を確保できなかったワタクシが悪いのである。斯様なことでハラを立ててはテツ道の理解が足らぬのだ。

そのことを思い、ワタクシは撮影よりも、もう名残になってしまうLSEの車両の挙動を全身で感じることにした。

ある意味、その大事さを教えてくれたそのブロックおじさんには深く感謝なのである。

大野工場がラストランに向けて徹底的に整備したらしく、これまでのLSE乗車のどのときよりも状態の良い挙動であった! そのことに気づけたのもおじさんのおかげである!!

動画を撮ることに気を向けすぎて、感じることをなおざりにすることもありますもんね。カメラのCCDではなく心に焼き付けることも大事ですね。ジブリ美術館の撮影禁止の掲示の文言みたいだけど。
この壁からがちゃんと引き出して使うテーブルもこれでお別れなのだ。
ロマンスカー名物でしたけど、これが最後ですわね……。
LSEは小田原から登山線に入っていく。もうLSEでここを通ることはないのだ。
展望席のお客さん、旅を満喫してらっしゃいますわね。
そしてやや見えにくいが、LSEが風祭駅を通過するところである!!
もうこのシーンは撮れませんね! 貴重なショットです!!
総裁、まさかこのワンカットのためだけにLSEのきっぷをとったんですか?
さにあらず! さにあらずじゃ!
ええっ、じゃあなんのために? JAMコンの荷物発送まで間もないのに!
それだからこそ行く理由があったのだ! 今回はただの乗り鉄ではないぞよ!


ラストランエンブレムを付けたLSE車に長年の感謝と別れを告げ、ワタクシは真の目的地へ急ぐのである!


その真の目的地については次のエピソードで!

続きます!
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登場人物紹介

長原キラ ながはらキラ:エビコー鉄研の部長。みんなに『総裁』と呼ばれている。「さふである!」など口調がやたら特徴ある子。このエビコー鉄研を創部した張本人。『乙女のたしなみ・テツ道』を掲げて鉄道模型などテツ活動の充実に邁進中。


*総裁のびっくりヒミツ能力(順次公開)

・隠れオッドアイ。安いラノベのキャラだと思われたくないので視力は悪くないのにカラーコンタクトをはめて眼の色を合わせている。しかしこのオッドアイのその眼を見てしまうと自白させてしまう作用がある。あまりにも危険なのでそれを抑制するためにもカラーコンタクト。


 ほかにもまだまだあります。

葛城御波 かつらぎ みなみ:国語洞察力に優れたアイドル並み容姿の子。でも密かに変態。しかしイマジネーション能力は随一。

武者小路詩音 むしゃのこうじ しおん:鉄研内で、模型の腕は随一。高校入学が遅れたので、実は他のみんなより年上。鉄道・運輸工学教授の娘で、超癒し系の超お嬢様。模型テツとしての腕前も一級。

芦塚ツバメ あしづかツバメ:イラストと模型作りに優れた子。イラストの腕前は超高校級。「ヒドイっ」が口癖。


中川華子 なかがわ はなこ:鉄道趣味向けに特化した食堂『サハシ』の娘。写真撮影と料理が得意。バカにされるとすぐ反応してしまう。

鹿川カオル かぬか カオル:ダイヤ鉄。超頭脳明晰で、鉄道会社のダイヤをアルバイトで組んでしまうほどの『ダイヤ鉄』。プロ将棋棋士を目指し奨励会所属。王子と呼ばれるほどハンサムな女の子。電子回路やプログラミングが得意。

田島ミエ たじまみえ:総裁の古くからの友人。凄腕の模型テツ。鉄研のみんなと一緒に大洗などを旅行したものの、関西在住で滅多に会えない。なおかつその実像は不明。

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