05_ボックスボーイ

文字数 3,555文字

学校の裏庭。高校生の男の子が、同じクラスの女の子を呼び出した。男の子は手紙を握りしめた手をポケットに隠している。
「突然呼び出してごめんね。」
「いいえ、いきなりだったから驚いちゃった。」
男の子はもじもじとしながら、言葉をつまらせる。
「実は、ずっと前から言いたかったんだけど・・・」
「うん。」
数秒の沈黙が流れ、男の子は続ける。
「なんていうか、なんだろう。その・・・」
「うんうん。」
男の子は言うのをあきらめる。
「いや、まあその、またでいいや。」
「あら、そう?じゃあ友達待ってるから行くね。またね!」
男の子は女の子にこわばった笑顔で手を振った。一人になって肩を落とす。
「あー、くそ。だめだ僕は。もうダメな人間だ。」
学校の成績は優秀で、所属する化学部の活動では学外で多くの賞ももらっている。頭脳は学内でピカイチ。
「僕は何のために勉強しているのだろうか。」
それからというもの、男の子はこの虚無感を打ち消すために好きな化学に打ち込んだ。
そして偶然、変わった実験品が出来上がる。

ある日。男の子は、タイムマシンのレンタル業者に訪れていた。
「これが文化祭で上手くいくかどうか見てみたくて。」
「面白いものを作られたんですね。では文化祭でその出し物を催した未来をご覧になるということでよろしければ、サインをお願いいたします。」
受付がタイムマシンレンタルの申し込み書類を机に出すと、男の子はサインを書いた。
「うまくいくかな」
時空移動用のハッチに博士が乗り込むと、その扉が閉じた。

数秒気絶したような感覚の後、男の子は我に返った。
文化祭当日。化学部実験室の前である。実験室の壁に出し物のお題が貼り出されてある。
『きみにできるかな?絶対に壊れない箱であそぼう!』
実験室をのぞくと、入場していた小さな子どもが備え付けの壁に箱を投げつけて遊んでいる。しかし、全く壊れない。何度投げても壊れないので子どもはやめてしまった。次はその子どものお父さんが挑戦する。思い切り箱を踏み付けるが、どうにも壊れない。
男の子は遠目でそれを見てつぶやく。
「あんなことでは壊れないよ。」
あまりの箱の頑丈さは、次第に噂として広まっていく。そしてそれを聞きつけた者がたくさん来た。ボクシング部、弓道部、野球部。殴っても、矢で射ても、金属バットで打っても壊れない。一ミリの変形すら確認できない。さらに噂は広まっていく。
意外な人まで現れた。校長先生である。
「私が屋上から中庭のアスファルトに向かってこれを落としてみます。」
来場者は湧きたって中庭に集まった。落下点から距離を確保し、誰かがOKサインを出す。
屋上の校長先生の手元から箱が落ちてきた。
着地の瞬間にぶい音がし、アスファルトだけが凹んだ。

ついに、文化祭が終わるまで誰もこの箱を壊すことができなかった。
満足した男の子が元に時代に帰ろうとするとき、実験室に数名の大人がやってきた。この地域のラジオ局の取材班である。
「どうやらこの高校の文化祭で、一風変わった出し物があったらしいんですよ。」
「SNSで見ました。急にバズってて。絶対に壊れないっていう箱ですよね。」
取材班が校長室に入っていくのが見えた。

後日気になった男の子は、タイムマシンでその後の未来も訪れた。
実験室に立ち寄ると、いつも読んでいる研究雑誌が机に置いてある。その月の雑誌の特集タイトルを読んで男の子は驚いた。
『私たちはBOXBOYから目を離せない。』
男の子の存在は世界の研究機関で知られていた。BOXBOYと呼ばれ、絶対に壊れない箱を作った若手の天才科学者のように扱われていたのだ。
スマートフォンを開いて動画サイトで調べると、男の子がインタビューに答える動画がたくさん出てくる。
アメリカCNNでスタジオ取材を受けている男の子の動画が見つかった。インタビュアーから質問を受けている。
「あらゆる軍事用の兵器を投入しました。火炎放射器、レーザー光線、戦車砲。未だにこの箱が壊せていません。残すところ、あとはマイティーソーの出番だけになりましたが?」
男の子は答える。
「何とも言えませんが、キャプテン・マーベルでも難しいかもしれません。」
笑いに包まれるスタジオ。そしてインタビュアーが続ける。
「たしかに、もう地球上の科学力では壊せないでしょうね。アベンジャーズは呼べませんが、この度アメリカ国家があなたの作った箱をきっかけに大きな計画を打ち立てました。それについてはもうご存じですよね?」
男の子は短く答える。
「はい。」
動画はここで終わっていた。そしてこの続きの動画はサイト内に見当たらなかった。

男の子はアメリカ国家の計画が気になって仕方なくなり、一度元の時代に戻ってすぐさまその先の未来へと向かった。
未来の実験室に着くと、机の上の研究雑誌が増えていた。特集タイトルはやはり男の子関連である。
『BOXBOY x Area51』

男の子はスマートフォンの動画サイトで特集に関する動画を検索した。
いろいろなニュース動画でその内容について解説してある。
要約すると、アメリカ国家がこれまで秘密裏にしていた異星人との交友を公にするということである。目的は男の子が作った箱の破壊。人類の科学力では全く刃が立たないことがわかったため、異星人の技術を借りることに決定したのだ。そしてその破壊の日は今日である。
「ついていけないよ。笑うしかないや。」
男の子はそうつぶやいて、実験室のTVをつけた。どの局にチャンネルを合わせても、自分が作った箱がアップで映ってある。
そしてカメラが引くと、異星人と思しき2名が防護服を身にまとって砂漠のような場所で立っている。顔はよく見えないが、足が3本あるので間違いない。
異星人はアタッシュケースを持っている。それを開け、中から小銃のような物を取り出した。そして箱から10mほど距離を取り、銃を構えた。
おそらく世界中がこの映像を見守るなか。異星人が引き金を引く。
銃口からは虹色の光線が細く飛び出した。画面からも伝わるまばゆい光が5秒ほど箱を照射したあと、異星人は引き金を引くのをやめた。
異星人2名が箱に近づくと、カメラが箱と異星人のスリーショットのアップに切り替わる。異星人の片方が箱の照射部をじっと見つめると、もう片方の異星人に向かって首を横に振った。
現地取材班のリポートが流れる。
「ただいまの照射では箱は壊れなかった様子です。原子爆弾250個分に相当するエネルギー銃での照射にも持ちこたえました。」
異星人はそのあともいろいろな方法で箱の破壊を試みたが、失敗に終わる。
そして異星人が翻訳機を通してカメラの方に呼びかける。
「私たちが見てきた宇宙の物質のなかでいちばん頑丈です。ありえない話ですが、壊れないという性質の物質なのかもしれません。」
そう話す異星人の元に、画面外から2名の人が現れる。大統領と男の子である。顔だけ防護服を脱いで、異星人の元に近づいて一礼した。
異星人は男の子に質問する。
「ところで、この箱の中には何が入っているんですか?」
男の子は照れながら防護服を脱ぎ、下に着ている制服のポケットに手を入れた。
取り出したのは、手紙である。そして男の子が答える。
「入れ忘れちゃいました。箱は・・・空です。」
大統領が手紙を横から取り上げると、黙読した。異星人2名もそれを大統領のうしろから覗き込む。男の子以外の3名がにやにやしている。
異星人が言う。
「これは、箱に入れていては意味がないものですね。」
大統領が言う。
「この手紙は最重要機密である。そしてBOXBOY。これは渡すべき人に渡しなさい。」


その先の未来。
男の子は学校の裏庭を遠くから眺めていた。
眺めている先には自分と女の子が二人きりでいる。
「たびたび呼び出してごめんね。」
「いえいえ!でもびっくりしちゃった。TV見たよ!天才なんだね!」
少し照れる男の子に、女の子は聞いた。
「ねえ、聞いてもいい?大統領が言ってた最重要機密の手紙って何が書いてあるの?」
男の子はポケットから手紙を取り出すと、女の子に渡した。
「読んでください。」
「え!いいの?最重要機密だよね?」
女の子は手紙にじっくりと目を通し、折りたたんだ。
男の子がその流れで想いを伝えようとした直後である。
「ごめんなさい。」
期待外れの返事が女の子からかえってきた。女の子は続ける。
「どうしてあのときに言ってくれなかったの?ドキドキしながら待ってたのに。わたしね、文化祭を機に彼氏が出来ちゃったの。」
男の子は下を向いたまま答える。
「やっぱ遅かったよね。」
「才能は素敵。だけど、この最重要機密はもっと早く教えてほしかった。ごめんなさい。」

一部始終を眺めた男の子は元の時代に戻り、自宅へと帰った。
そして渡さなかった手紙と絶対に壊れない箱をじっと見つめて考えている。
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登場人物紹介

作品内にはしばしばタイムマシンが出てきます。

このタイムマシンはTIME DELIVERY社という企業のものです。

企業は "時間で世の中の機会を平等にする" を目標に掲げており、アイコンの秤(はかり)が企業ロゴとなっています。

運営するサービスはタイムマシンのレンタルのほかに、過去・未来の食べ物や物品を現代にデリバリーする「タイムデリバリー」、昔写真に収め忘れた思い出を代行で撮影しに行く「ストロボ」などがあります。

そんな同社自体は特に作品内では語られません。

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