名探偵・平等院鳳凰堂feat.殺人事件

文字数 2,541文字

「こんな事身に覚えがありませんか? 好きでもないアーティストの新譜を借りて……アルバム収録曲を数曲聴いたものの、どうも違いが分からない。全部同じ曲に聴こえちゃう」

 殺人現場に入ってくるなり、男は死体を見てそう切り出した。黄色いテープの中でしきりに動き回っていた警官たちが、怪訝な顔で男の方を振り向いた。
「はああ。イマイチ興味が湧かないから、ですか?」
「今そんな気分です」
「どんな気分だ」

 いかにも興味なさ気に、無残にも畳の上に転がった死体を見下ろしながら、男はわざとらしく大きなため息をついた。 

 彼の名は、平等院鳳凰堂。明らかに偽名である。人を信用してなさそうな腫れぼったい目つき。パーマ頭に、無精髭。ヨレヨレのTシャツに破けたジーンズという、見た目も明らかに安っぽくて怪しさ満点だ。そんな平等院を、強面の警部がジロリと睨んだ。 

「平等院。いかにも興味なさ気に殺人現場に入るのはやめろ」
「失礼。あまりにも”見たことある”ような感じだったから……」
「にしたって、言い様ってあるでしょう」

 現場を調べていた鑑識の一人が呆れた様に平等院を眺めた。平等院はどこ吹く風で、スマホで若い女性の死体を撮影し始めた。

「ちょ……勝手に撮るのは止めてください! ちゃんと鑑識のカメラがあるんですから」
「何でですか? スマホでいいでしょ。今時4K画質ですよ。ネットにも常時繋がってるし」
「カメラの性能のことを言ってるんじゃありません。我々の仕事だと言ってるんです!」

 平等院は被害者の胸に刺さったナイフをマジマジと眺めた。

「なるほど、ね……」
「何か分かったのか?」
「ええ。好きなアーティストのシングル先行曲を買って……後日アルバムが出た時に、音楽アプリに入れたらその曲だけ被ってるから登録がスキップされて、アルバムとして歯抜けになってるみたいな……」
「なんて言うか、ややこしいな」
「今そんな気分です」
「警部!」

 制止する警官の手をすり抜け、平等院が手持ちのスマホで16連写し始めていると、襖の向こうからスーツ姿の刑事が何やら慌てた様子で駆け込んできた。

「第一発見者の、被害者の旦那さんを連れてきました!」

 すると、灰色のスーツ姿の若い刑事の後ろから、腰の曲がったお爺さんがひょっこりと顔を出した。平等院が少し驚いた様に目を丸くした。

「これはこれは……。驚きましたね、まさかこんなお年寄りが旦那さんだったとは。意外なところで昭和の五百円札を発見してしまった、みたいな気分です」
「おい、あんまり失礼なことを言うな。良いじゃないか岩倉具視。カッコいいじゃないか」
「僕はただ発見してしまった、としか言ってませんよ。警部が勝手に失礼だと決めつけたのでは……」
「卑怯だぞ貴様! 一人言い逃れようと……」
「まあまあ、お話を聞いてみましょうよ」

 平等院の促しを受け、岩倉具視似のお爺さんが訥々と語り出した。
 
「あれは昨日の晩のことじゃった……妻が寝静まった後、ワシはどうも眠れなくての。しょうがないから、なけなしの五百円札で買った好きでもない”あーてぃすと”の新譜を聴こうと、一階に降りたんじゃ」
「警部。この事件、ここに来て急に伏線を回収しに来た感がありますね」
「馬鹿野郎。これのどこが伏線なんだ。平等院、お前は黙ってろ」
「すると夜中に急に来客があってな。わしゃ耳が遠くてよく聞こえんかったが、確か名前はジョージョージン・ギョージョードーとか言う……」
「ジョージョージン・ギョージョードー??」

 岩倉具視の言葉に、平等院と警部が首をひねった。

「警部! 全く聞いたこともない名前ですね」
「そうか?」
「おかしいったらありゃしない! そんなイントネーションの名前の人間、本当にいるんでしょうか?」
「そうだな……」

 なおも口を開きかける警部を遮る様に、平等院が捲し立てた。

「警部。これで事件は振り出しに戻りましたね」
「戻っていないが」
「一体犯人は誰なんでしょう……。ラジオで好きな曲がかかったものの、もはや明らかに世代が違うしこんなの聴いてるって周りにバレたら引かれるかもしれないって、一人不安に駆られてる時のような……」
「自由に楽しめよ」
「今そんな気分です」
「それで警部さん。実は……」

 一人不安に駆られている平等院を尻目に、お爺さんはポケットからスマホを取り出した。

「おお! 最新機種だ! 前の機種から演算処理が約30%アップしてるんですよ。電池の持ちもいい。これならストリーミング再生で、月額固定でいつでも音楽が楽しめる!」
「その業者の宣伝みたいな話し方やめろ」
「今そんな気分です」
「どんな気分だ」
「昨日の夜、ワシのスマホで来客の様子を撮っておいたんじゃ。もしかしたら犯人が写っとるかも知れん」

 警部と平等院が急いで画面を覗き込んだ。そこには確かに来客の様子が4K画質で写っていた。強面の警部が眉を動かした。

「この顔は……もしや平等い……」
「うおおおおおおッ!!」

 突然、平等院が雄たけびを上げお爺さんからスマホを取り上げると、地面に叩きつけた。最新機種の有機ディスプレイが畳の上で粉々に砕け散った。

「何をするんだ!」
「すみません、何かそんな気分だったので……!」
「お爺さん、申し訳ございません。平等院の気分がアレでこんなことに……」
「構わせんよ。データは”くらうど機能”でウェブ上に保存してあるから……」
「何ですって!?」
「お爺さん。そちらを見せてもらっても構いませんか? 犯人は十中八九そのジョージョージン・ギョージョードーでしょう。奴の正体が分かるかも知れない」
「勿論じゃ。それで妻を殺した犯人が分かるのなら……」
「…………」
「ありがとうございます! 早速……おい平等院、どうした?」

 お爺さんがパソコンのある部屋に案内しようと、皆に先立って階段を降りていく。ふと警部が平等院の様子に気づき、後ろを振り返った。なぜか優れない顔をして、その場から動こうとしない探偵に、強面の警部が首をかしげた。

「大丈夫か? 今どんな気分だ?」
 
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