第16話

文字数 1,026文字

「由季子さんが・・・僕の彼女が、倒れて救急車で運ばれたんですって・・・」

電話を終えて席に戻ってきたたかひろの顔色は、すっかり青ざめていた。

「えっ・・・?奥さん大丈夫なんですか?」

大野はつい先ほどまでたかひろに対して苛立っていたことも忘れ、彼の妻の身を案じた。

彼の身に突然訪れた不幸に同情せざるを得なかった。

「わかりません・・・でも妊娠初期なので流産するかも・・・。
僕のせいだ・・・僕が彼女をほったらかして来てしまったので、彼女がここまで追いかけてきて、その時に何かあったのかもしれない・・・。
いま彼女は県内の病院にいるそうです」

「早く病院に行って嫁さんについてあげないと。俺も一緒に行くよ」

堀木は慌ててチェアから立ち上がりながら言った。

「いや、あんたは来ないでくれ。これは僕ら夫婦の問題だから、あんたには関係ない」

「たかひろ・・・」

堀木はたかひろに突き放されたように感じ、胸の奥がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。

「まあまあ・・・大したことないといいんですけどね。
急いで行った方がいいですよ。タクシー呼びましょうか?」

「ありがとう・・・大野さん、後は任せましたよ」

たかひろはタクシーが来るや否や、彼らには目もくれず、すぐに飛び乗って去っていった。



堀木はうろたえて、悲しそうな、淋しそうな表情を浮かべながら、たかひろが乗ったタクシーを見送っていた。

車が見えなくなっても、ずっと遠くを見つめていた。

彼にはもう二度と会えないような、そんな気がした。

いつだって、そうだ。

あいつは急に俺のところにやってきては、急にいなくなってしまう。

どうして俺をこんなに惑わせるの?

淋しいよ、たかひろ・・・ずっとそばにいてよ・・・。



一方、大野は堀木にどう声をかけてよいか分からずにいた。

愛する恋人に突き放されて、傷ついているのは明らかだった。

彼の傷ついた心はガラスのように脆く、触れれば壊れてしまいそうだった。

大野はおそるおそる手を伸ばして、堀木の肩を優しく抱いた。

「たかひろさんの奥さん、無事だといいね」

「うん・・・。あいつがあんなに狼狽えているところ初めて見た。大丈夫かなあ・・・」

「心配だね・・・」

「うん・・・」

二人の間に、静寂が訪れた。

大野はいてもたってもいられなくて、堀木を強く抱きしめた。

「ねえ、堀木さん、おれはたかひろさんの代わりにはなれないかも知れないけど、おれはずっときみのそばにいたい。きみが本当に好きなんだ・・・」


堀木の瞳が涙で潤んで、きらりと輝いた。
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