二十五時の新記録

文字数 1,322文字

 あと十分で二十五時。

 あと十分で……僕の大人時間の新記録!!

 心の中でそう叫ぶ僕は、とてつもなく今ワクワクしている。だって、越えたことのない記録をこれから超えるのだから。今まで、二十五時を越えてこの活動をしたことが無い。だからこそ、この活動時間の新記録を迎える時が待ち遠しい!

 僕はあと十分でまたひとつ大人になることが出来るのだ、すごいだろ?

 それまで、ハラハラドキドキワクワクをたくさん増やしながら、リビングのテーブルに大きく広げたチーズやイカたちを頬張り、大人の世界を味わい続けている。

 実は、僕はこの前、台所の下にあるパパのお酒が並ぶ小さな戸棚の中で、とあるお菓子たちを発見してしまったのだ。そのお菓子は見たこともないお菓子だった。気になりすぎてパパに問いかけると、パパはこう言った。

「夜中に大人だけが食べられるお菓子だからね」

「大人じゃないと分からない味なんだよ」

 そう言われてしまえば、食べたいと思うに決まっている。気になって仕方がないし、大人だけなんてずるい。でも、パパから「あっくんにはまだ早いからダメだよ、大人になってから。絶対に食べたらだめだからね」といじわるなことを言われ、扉を締められてしまった。

 でも、そんな言葉で諦める僕ではない。むしろ燃える方だ。僕はママとパパが寝た後、物音をたてぬよう静かにリビングに行き、その、夜中に大人だけしか食べられないお菓子とやらを食べることにした。

 そして、こっそりとそれを繰り返しているうちに、大人だけが楽しんでいる〝夜更かし〟とやらまで覚えた。その夜更かしの記録は伸びれば伸びていくほど、大人になったすごい気分に浸ることが出来た。今のところ二十四時代まで記録は更新中で、今、ちょうど新記録が生まれようとしている訳だ。

〝大人のお菓子〟という超レアアイテムと〝夜更かし〟という大人だけが味わえる激レア時間。このふたつが、いつもとは違う僕に変身させてくれるのだ。

 良く分からない干からびた茶色のイカは、初めて食べようと袋を開けた時、気持ち悪いにおいがしたのだが、口に入れてそのおいしさに驚いた。噛めば噛むほど大人の魅力的な味がして、気が付けばやみつきになっていた。

 僕はいつも、パパとママの言うことに従い良い子になることだけを考え生きていたが、小学三年生になってから大人を覚えてしまったようだ。

 悪い子供……いや、悪い大人だ。

 さて、あと一分で二十五時だ。

 それを超えることが出来たら、僕はさらなる大人に……。

 そう思ってにやにやしながらイカをくわえていると、リビングのドアがバーーーーンと開いて、本当の大人が登場してしまった。

「こらあああああああ!あっくん!何してんの!パパのおつまみなんか食べて!説教だ!」

 僕はその後、めちゃくちゃ怒られてしまった訳だが、それで反省したかというとそんなことはない。怒られて悲しむわけでも、凹むわけでもなく、怒られることがまた楽しくなってしまい、同じようなことを繰り返している。

 パパが困る顔も、夜更かしの特別な時間も、全部全部楽しくて。

 あの、イカのようにやみつきになっている。

 大人の味を覚えてしまったのだから、もう、抜け出すことは出来ないだろう。

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