Take in Another Universe

文字数 2,000文字

「最近さ、話題になってるアプリあるじゃん?」
 垢抜けた、今時の女生徒が机の上に腰掛けてきて、つんつんと私の頬をつつく。
「うん?アプリ?」
 女生徒の指を握ってつんつんを止めさせながら、読んでいた本から顔をあげる。
「そ、アプリ。ほら、CMとかでやってるやつ!貴方だけの世界が創れますとかなんとかの」
「あー、あれ?なんかよくわかんないけど、やってるの?美咲(みく)
「つい最近始めたばっかなんだー」
 そう言って美咲は、ストラップがもさっと付いたスマホを取り出した。いつも不思議に思うけど、よくスマホがわかるなぁ・・・。本体より重いストラップってどうなのだろう。
「ほら、これ!結構面白いんだよ。私が嵌まるんだから、結羽(ゆう)も嵌まるんじゃない?」
 ぱっとスマホの画面を目の前に出される。そこには、美咲とよく似たアバターが表示されていて、今の美咲と同じ動きで身体の前に右手でピースをしてにかっと笑っていた。
「へぇー・・・良く出来てるじゃない。何?RPG的な冒険でもするの?」
「いや?冒険なんて超絶ダルいことしないよ?ただ単に景色のいいとこ行ったり、好きなこといっぱいしてる」
 スマホを受け取り、しげしげとホーム画面っぽいとこに表示されているアバター美咲を眺めた。すると、ばち、と目線が合い、なんだか恥ずかしそうにもじもじし始めた。
「・・・え?これ、ひょっとして、この子もこっちを見ているの?」
「うん、そうみたい。どういう理屈かはわかんないんだけどさぁ」
 美咲がつんつんとアバター美咲を指先でつつく。くすぐったいのか、美咲の指を止めようとする仕草をする。まるで、美咲の半身がそこに居るようだ。仕草が、動きが、表情が、データとは思えない程に滑らかで、画面越しでなければ人間がそこに居るのではないかと錯覚してしまう程に。質感もよくある光沢のある感じではなく、動画で見るような感じだ。ここまで精巧に創れるなんて、日本の技術はすごいなぁ、と思う。
 ほへぇと感心していると、自分のスマホが鳴った。
「今、結羽にも招待送ったからさ、一緒にやろうよ!」
「え、これ、オンライン仕様とかあるの?」
「あるある、自由にいろんなとこに行き来出来るから、ちょー楽しいよ」
「んー・・・まぁ、たまにならいいよ」
 美咲のキラキラした瞳に圧され、仕方ないなぁとメールを開き承諾する。
 アプリを落とし、起動させて基本情報を登録した。
「ん?ねぇ、美咲、これなに?」
 登録を進めていると、生年月日や性別の他に

として出てきた。たかがアプリにそこまでのパーソナルデータが必要なのだろうか。
「んん?あぁ、これ?なんかねー、

なんだってー」
「ふぅん・・・」
 そんなものか、となんとなく納得しがたい気持ちのままタップしていくと、最後に自撮りせよと指示が出てきた。
「え、写真も()るの?」
「自分でアバターの顔作成しなくていいから楽じゃない?」
 暇なのか、マニキュアを塗りながら投げやりに言葉をくれる美咲。えぇ・・・そんなもの?オンライン仕様もあるアプリでそれは無防備なんじゃ・・・?
 やっぱり登録はやめようかと躊躇っていると、ひょいとスマホを取られ、パシャと写真を撮られてしまった。
「あ」
「うじうじ悩んでても仕方ないじゃん?早く一緒にやろうよー」
 すすすと操作をされ、登録されてしまった。
 スマホを受け取り、アプリをタップする。画面が真っ暗になり、画面の右下にLoadingの文字と円のマークが浮かぶ。
 隣では、美咲がアプリを立ち上げてアバター美咲をつついている。
 ピロンと軽快な音が鳴った。目を移すと画面に『アバターを作成しますか?』の質問が表示されていた。はいをタップするとビーーーーーとけたたましい音が鳴り響いた。
「え、え?な、何?」
「ど、どうしたの?」
 美咲と二人あたふたする。思わず、スマホの電源ボタンを押したが、変化はなく警告のような音は鳴り続けた。どうしようどうしよう、と焦る。あ、そうだ、電源を落としてしまおう!スマホの電源ボタンを軽く押し、長押しをした。電源メニューが表示され、再起動をタップしようとした瞬間、画面が光った。目も開けていられない眩しさにぎゅっと目を瞑る。
 目を開けると、青々と茂った草むらとどこまでも高く澄んだ青空が広がっていた。
 駆け抜けていく風がとても心地がいい。
 さっきまで居たはずの教室の面影は、もうどこにもなかった。
 ピロン、と軽快な音が手の中から鳴る。
 反射的に見ると、スマホを握っていた。画面が表示されている。
 そこには。

 『ようこそ。

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