誇り高き仕事

文字数 982文字

 俺のキャリアがそろそろ終わりに近づいていることは、自分でも感じている。
 思い返せば、たくさんの乗客を乗せて色んな場所を旅してきた。
 乗客は国家から認められた素晴らしい方々ばかり。
 行き先はだいたい決まっていることが多かったけれど、時々は遠くに行くこともあった。
 俺がこの任務に就いてすぐのタイミングで、一度だけ海外に行ったこともある。
 その国のVIPをお乗せしたとき、俺は何と素晴らしい仕事をしているのだと胸が熱くなったものだ。

 俺はこの仕事に誇りを持ってやってきた。
 行く先々でたくさんの人が乗り降りし、たくさんの荷物を積み降ろしてきた。
 新しい乗客を迎え入れるときにはいつも新鮮な喜びがあり、お別れするときには、寂しさの中にも互いの幸運を祈る温かい気持ちが満ちていた。
 とにかくここには、いつでも活気があった。

 乗客の数が減ってきたのは、いつぐらいからだっただろうか。
 急激な変化ではなかったが、でも確実に、少しずつ減ってきているのは間違いなかった。
 減ってきたのは人数だけではない。
 何というか、活力のようなものも失われつつある気がする。
 最近では、長旅をする方も増えてきた。
 どこかのんびりとした空気が漂うようになり、行った先で乗客も荷物も乗り降りしない日が増えてきた。

 これが時代の流れというやつなのだろう。
 だが俺は、それを悲しんでいるわけではない。
 むしろこの状況を、驚くぐらい素直に受け入れている。
 俺ひとりではどうしようもない、巨大な力に抗う気持ちはさらさらない。
 世の中がより便利で住みよくなるための変化であれば、その変化を喜んで見届けよう。
 この仕事はきっと、黄金期の終わりを迎えつつあるのだ。
 このタイミングでキャリアを終えることができる俺は、幸せなのだと思う。

 ああ、今日はどうしてしまったんだ。
 過去を振り返るなんて俺らしくない。
 これから久しぶりにお客様が降りられるから、気持ちを引き締めなければ。
 外に目をやると「11000」という表示が見えた。
 福澤諭吉様、野口英世様とはここでお別れだ。
 世の中がどんなに電子化していったとしても、俺はこれからも財布としての誇りを胸に、大切なお客様やお荷物を、快適で安全に運ぶことに徹するだけだ。
 福澤様と野口様が抜き取られ、レジのトレーに運ばれていく。
 どうぞお気をつけて、引き続きよい旅を。
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