返却日

文字数 1,121文字

「この本…たしかどこかで」
そうつぶやくと、お父さんは自分の部屋に行き、しばらくごそごそ何かをさがしているような音をさせていたかと思うとリビングにもどってきた。
手には一冊の本を持っている。
「お父さん、そんな本持ってたの?」
「お父さんも子供ころはこの作家の本が好きだったんだよ。クラスでも大人気だったな」
「ふうん」
私はお父さんが持ってきた本を手に取ってパラパラとめくる。
いつもの学校の蔵書印が押してあるところに、見なれた学校名をみつけた。
「お父さん、この本、ここにスタンプ押してある学校の本?」
「ああ。お父さんな、昔、ここの市の中学校に通っていたんだよ。けれど中2の終わりぐらいにおやじ…おまえのおじいさんの県外への転勤が急に決まって、返しそびれたまま転校したんだよ」
「ふうん」
「返さなきゃと思ってはいたんだが、なにせ遠かったし。新しい学校にも慣れなきゃいけなかったし、そのあとは受験だなんだとばたばたして、すっかり返すのを忘れていたんだ。就職して、生まれ故郷のこの市に戻ってきたときに返そうと思ったが、お父さんが通ってた中学校は統廃合でなくなっててね、どこに返したらいいのかわからなくて困っていたんだ」
「図書室の先生も言ってた。『この作家の本のうち一冊だけがずっと貸し出し中のままだ』って」
「そうか。そんな資料がまだ残ってたんだな」
「うん。なんかね、昔はなんでもノートに書いていたから、逆にこういう資料が残っているのよって」
「そうか…。じゃあ、この本、明日学校に返しておいてくれないか」
「うん」
「図書室の先生にも、お父さんが謝ってたといっておいてくれな」
「はあい」
 
 翌日、私はいつもの通りに図書室に行った。
「先生、これ返します」
私は自分が借りていた2冊の本をカウンターに置いた。
「はい。返却完了」
先生は手早く返却の処理をしてくれた。
「それでね、先生」
「なあに?」
「これ…」
私は昨日お父さんから受け取った本をカウンターに置いた。
「この本…」
「ごめんなさい。なんかうちのお父さんが、昔借りたまんまだったって」
私は先生に昨日お父さんから聞いた話をした。
 
「そうだったのね。…言われてみれば貸出中の本の借主と、あなたは同じ苗字だわね」
「…せんせい。あのう…」
「なあに?」
「ずっと返してなかったのって、何かペナルティあるんですか?レンタルDVDの延滞料みたいに」
「そんなものはないわよ。…あったとしても、そうねえ。娘のあなたがこんなにも本好きに育ってくれたってことで、チャラかしらね」
「よかった。じゃあ先生、その本今日借りていいですか?」
「いいわよ。はいどうぞ」
先生はカウンターの上の本を手に取って私に渡しながら言った。
 
「返却日は、お忘れなく」
 
 
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