ED75
文字数 563文字
国鉄の交流ELを代表するスターといえば、なんといってもED75だろうけど、鉄道模型の世界では、なぜかなかなか模型化されることがなく、他の交流機に後れを取っていた。
不思議なことに、NゲージでもHOゲージでもそうだった。
交流機といえばEF70しか発売されていない時代が長かったし、HOの場合にはED70とED71も実は発売されていたけれど目立つことはなく、とにかくEF70が長く定番商品の地位を占めていたわけ。
鉄道模型メーカーが、どういう基準で発売車両を決めているのか、もちろん私は知らないが、想像するのは、やはりショーケースに並べられた時の「華」や「押し出し」を見すえてのことかもしれない。
EDよりもEFのほうが、長々しく豪華ではあろうよ。
またNゲージファンのみなさんはご存知ないかもしれないが、HOのEF70は当時、実物とは違う色に塗られて売られていた。
赤2号よりももっと明るい、ほとんど朱色のような色。
この塗色を特に「デパート塗り」と呼ぶのだそうで、昔はデパートにも模型売り場があり、そこのショウケースに並べられた時の見栄えを気にしてのことだったそうな。
と、こんなことを書いた後で思い出した。
日本で最初に作られたNゲージ機関車はED75だったよ。ただし市販はされなかった(KATO製品よりも以前のこと)。