第1話

文字数 2,750文字

「さあ、ゲーム『フー・セイド・イット、誰が言ったでしょう』のお時間です! ルールは簡単! 今から参加者の皆さんに一枚ずつカードをお配りします。カードには、『私は誰それから何は何であると聞いた』と書かれてあります。ただし、五人の参加者のうち、お一人だけ、『何は何である』と、トピックだけが書かれたカードが渡されます。参加者の皆さんは、お互いに質問をしあいながら、誰がトピックを言い出したかをあてていただきます。見事、誰が言い出したかを当てた方には賞金十万円をプレゼント! 制限時間は五分。五分以内に言い当てられなかった場合は、賞金は言い出し人のものになります。それでは、まず今日の参加者の自己紹介から――」
 スパンコールでちりばめられた銀色のスーツに白の蝶ネクタイをしめた司会者の中年男性が、参加者の居並ぶブースへとむかう。
 横一列になって座っている参加者の先頭は中年女性だ。
「青木雅子、スーパーでパートの仕事をしています。賞金はへそくりにしようかなと」
「ご主人が番組を観てないといいですね」
 名前と職上、賞金の使い道を聞き、司会者はカードを渡す。
 二人目は初老の男性で、名前は井上敏明。先月まで公務員だったが、今は引退生活を送っている。賞金は孫へのプレゼント代にすると述べた。
 三人目の参加者は植松博という四十代のサラリーマン。賞金はお小遣いにまわすという。
 四人目は江夏太郎という若い男性。学生で、賞金は遊ぶ金に。五人目は尾野マリエという若い女性、やはり学生で、賞金は欲しいものを買うためにしている貯金の足しにするのだと言った。
 参加者全員がカードに目を通し終えたところをみはからい、「では、ゲームを始めましょう!」と司会者が一段の声をはりあげ、にぎやかな音楽が流れ、観客席からも鳴り響くような拍手があがる。
「青木さん」と口火を切ったのは植松博だ。「あなたは、その話を誰から聞きましたか?」
「『右隣の人から』だから……井上さんですね。ええと、私はその話を井上さんから聞きました」カードと右隣りに座る井上との間に視線を行き来させつつ、青木雅子が答える。
「井上さん、あなたはどなたから?」青木雅子が井上に向き直って尋ねる。
「『二つ右隣』だから……尾野さんです」と井上敏明が答え、尾野マリエをみやる。
「私は、江夏さんから聞きました」と尾野マリエが答える。
「賞金は私のものです!」突然、植松博が甲高い声をあげてガッツポーズをし、江夏を指さした。
「その話を言い出したのは、江夏さん、あなただ。青木さんは井上さんから聞いたと言っている。その井上さんは尾野さんから聞いたと言っていて、尾野さんは江夏さんから聞いたという。僕のカードには『右隣の人から』とある。僕の右隣にいるのは江夏さん、あなただ」
 植松博は勝ち誇った笑顔を浮かべている。他の参加者は思い思いに口惜しさを露わにしている。一人、江夏太郎だけが怪訝な表情を浮かべている。
「でも、私は、植松さん、あなたからその話を聞いたということになっているんですよ」
「そんなはずっ! 嘘はついてはいけないっていうルールですよね?」
 植松博は司会者をみやり、司会者がうなずいたのを見て、江夏太郎の手からカードをひったくった。
 江夏太郎のカードを読んでいる植松博の顔からたちまち血の気が失せていった。植松博のただならぬ様子に、他の参加者たちも席を立って代わる代わる植松博の手の中にある江夏太郎が受け取ったカードを確認しにやってきた。江夏太郎は逆に他の参加者たちのカードを見て回っていた。
「おかしいじゃないですか!」青木雅子がヒステリックな声をあげた。
「私たちの誰かが言い出したことになっているはずなのに、これじゃあ、誰も言い出したことにならない。――もしかして、賞金を出したくないから、わざとこんなズルい手を考えたとかいうんじゃないでしょうね」
 青木をはじめ、井上敏明、植松博、尾野マリエの四人が司会者に迫った。はじめのうちこそ、半笑いを浮かべていた司会者だが、四人のただならない様子に次第に腰が引き始めていた。四人が激昂する様子もテレビの演出なのだろうと笑っていた観客も、今や固唾を飲んで事の行方を見守っている。
「あ、僕、わかっちゃった」江夏太郎はぐふふと笑いをこらえている。彼は唯一、司会者にむかっていかなかった。
「わかったって、私たち全員に渡されたカードには『誰から聞いた』としか書かれていなかったのに」青木雅子の苛立ちはおさまるところをしらない。
「そうですよ、青木さん。僕たち、全員、『誰から聞いた』というカードを渡されたんです」江夏太郎は「全員」という単語を強調してみせた。
「だから、さっきから私がそう言ってるじゃないの」青木雅子が江夏太郎に食って掛かった。
「わかってないなあ。僕たちは全員、その話について知っている。何故か。トピックの書かれたカードを渡されたからだ。カードを僕たちに渡したのは司会者です。ってことは、司会者が『言い出した』人物ってことですよ。番組側がしかけたトリックだったんです。ちょっとズルい感じがするけど、まあ、見破れないこともないし。ね、これで賞金は僕のものですよね」
「トリックだとか、何なんです」と司会者はうろたえていた。
「私は番組のプロデューサーから、カードを渡すようにって指示されただけなんです」
 助けを求めるようにして投げかけられた視線の先に立つプロデューサーは激しく首を横に振っている。
「トピックの書かれたカードを私たちに配ったのは司会者。その司会者にカードを渡したのはプロデューサー。プロデューサーを名指しした人間がゲームの勝者ってことなのか」植松博が苦々しく吐き捨てる。
「あのう……実は私、番組が始まる前からこのトピックについて知ってました」
 尾野マリエがおずおずと口を開いた。
「へえ、どこで?」と植松博。
「ネットです」
「最近のテレビはネット頼みなんだなあ」プロデューサーをみやる植松博は呆れていた。
「僕も知ってます」と江夏太郎は手にしたスマホを差し出してみせた。

 女子高生、電車内での会話。「テレビで言ってたんだけどぉ、イチゴは野菜なんだと」。イチゴは野菜だっつーの。バカじゃね。

「実はこれ、僕がしたツィートなんですよねえ。ってことは、僕が言い出した人ってことになるのかなあ」
 ニヤニヤしている江夏太郎にむかって「人にむかってバカとは何だ」と井上敏明が叱りつけた。
「自分で呟いておいてわかっておらんな。もう一度そのついーととやらを読み返しなさい。『テレビで言ってた』と女子高生たちは言っていたのだろう? なら言い出したのはテレビだ」
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