いちわかんけつ

文字数 2,000文字

 あなたは、『ファーストペンギン』という言葉を知っているだろうか。
 
 ペンギンは群れで行動するが、実はリーダーと呼ばれるポジションは存在しない。ペンギンは普段、エサを取ったり、危険から身を守ったり、群れとしての意思決定を下す場面がある。人間はリーダー的人物が意思決定を下すことが多いかもしれないが、ペンギンはそうではない。集団における意思決定のカギを握るのは、リスクを恐れず行動を起こした”最初の一羽”なのである。


 20XX年、少子高齢化は増々拍車がかかり、先行き不安が国民中を襲った。この不景気の中、企業の存続を賭けた生き残り競争は増々激化していた。進化するテクノロジーを駆使した革新的な商品やサービスが数々生まれ、創造を続ける企業の商品やサービスが積極的に消費されるようになった。
 そんな状況下で、俺の会社は大きな転換期を迎えた。社運を賭けた新サービスの開発部署を新設することが正式に発表されたのだ。複数部署から精鋭を集め、花形的な部署を作ることになった。俺もその中の一人だった。この改革に社員中の期待感が膨らんだが、大きな疑問が一つ浮かび上がった。

・・・この精鋭が集まる組織を束ねるのは、一体誰なのだろうか。

 考えられる候補は何人かいた。冷静な人、情熱的な人、タイプは違えど、誰が部長になっても実績は申し分ない。部の全員が息を飲む中で、全く予想だにしない衝撃的な発表が行われた。

 新設部署の部長にアサインされたのは候補者の誰でもなく・・・ペンギンだった。

・・・・・ぺ、ペンギンだと・・・!?

 俺はペンギンの下で働かなければならないというのか。俺はペンギンと上手くやれるのだろうか。現実を受け入れられないまま、副部長がペンギン部長の紹介をした。

「皆さん、こちらがペンギン部長です。会社の発展のために、外部からお招きしています。人間とペンギンということでやりにくいかもしれませんが、一から関係性を築いてください。それでは皆さん、よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」

「・・・」

 部長は一言も発さず、ゆっくりと椅子に座った。人間の言葉は話せないのだろうか。いや、やっぱりいくら何でも無茶苦茶過ぎる。周囲も代わる代わるに目配せをしていた。一抹では収まらない不安を抱えながらも、俺たちは与えられた仕事に手を付けるしかなかった。数時間後、皆の視線は部長の方に視線が向かう。それもそうだ。彼らには各部署のエースとしてのプライドがある。彼らの興味はただ一つ。自分たちの上席として君臨する部長は、どれほどの仕事振りを見せるか、ということだ。人間を差し置いてこのポジションに上り詰める理由が必ずある。その興味が湧き上がって仕方が無いのだろう。
 しかし、部長は何時間経っても椅子に座っているだけで何もしていない。
 なぜだ・・・なぜこんな奴を部長に置いたんだ。その憤りは場全体に伝染し、緊張感に包まれた。やっぱり納得できない。俺は副部長に意見を言うため立ち上がろうとした。すると、副部長が急に立ち上がって言った。

「おーい、みんな手を止めてくれ!」

 皆、反射的に副部長の方を見た。

「これから社運を賭けた数百億のプロジェクトに、一人だけアサインしたい」

 その後、副部長からプロジェクトの詳細を聞かされた。やりがいはありそうだが、それ以上に責任が大きくタフな業務内容だった。効率的な業務遂行と定時退社がトレンドの中ではあるが、この業務に参画するということは長時間の残業が必至となる。つまり、プライベートを全て捧げることを意味する。皆、定時帰りに慣れてしまっているのでエース級の彼らでさえ戦々恐々としている。
 一体誰が手を挙げるのだろう。俺を含め全員が静寂に包まれる中、自分に向けられた強烈な視線が一ヶ所から感じられた。

・・・その視線を辿ると、ペンギン部長がいた。

 俺は反射的に目を逸らしてしまった。俺にやれとでもいうのであろうか。いや、気が引ける。これだけ残業して、失敗したらたまったものではない。一息ついて、もう一度部長の方を見た。しかし、部長は鋭い眼光でずっとこちらを見ている。俺はその眼差しに吸い込まれそうになっていた。

「よし、じゃあ頼んだぞ!」

 俺は右手を挙げていた。部長の念力が通じたのか、俺は地獄のプロジェクトに参画することが決まったのだ。

・・・十年後

 後から聞いた話だが、ペンギン部長はファーストペンギンを数多く育てた経歴を買われて雇われたそうだ。今思えば、この会社に足りなかったのはファーストペンギンだったと思う。ペンギン部長は、当時リスクばかり気にして行動を起こせなかった俺に大切なことを教えてくれた気がする。
 そんな俺は最近、そろそろ社長の座を退こうかと考えている。しかし、自分から辞めるつもりは毛頭無い。次期社長に”自ら”手を挙げるものはいないかと、今でも鋭い眼光で社内を見つめ続けている。
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