第11話 天使のお迎え

文字数 886文字

「生きづらい世の中になったわ」
 すべてに疲れきったキミコはマンションの屋上から下界を見下ろした。
 だが、死ぬ勇気もない。
 首を引っ込めて大きなため息をつくと漫画の吹き出しのような白い息が出た。
 目の前をはらりと白いものが落ちていく。
 あ、初雪だ。
 そう思って空を見上げたが、落ちてきたのはそれ一つだけ。
 しかも落ちたはずの初雪がふわふわと目の前に漂っている。
 キミコは捕まえようと手を伸ばしたが、白くて丸いものは意思を持っているかのようにすっと離れた。
 これ何? 生き物?
 もう一度そっと手のひらを近づけた。やはり不自然な動きで逃げる。
 首をひねってじっと見ていると丸い形が変形し始め、頭と胴に分裂してクリオネのような形になった。背から翼も生え羽ばたき方も一緒だ。
 ええっ天使? まさかね。新種の虫かしら? かわいいっ。でもやっぱ天使かも。わたしをこの世から救いに来てくれたのよ。
 嬉しくなって、もう一度手を伸ばす。
 突然、つるんとした顔が真横にぱっくり割れた。赤い断面に尖った白い粒がびっしり並んでいる。
 口? と思った瞬間、それは人差し指の先に食らいついた。
「ぎゃっ」
 痛みに手を振りまわすと飛ばされて一瞬どこかに消えた。温かい滑りに手を見ると人差し指の肉が引き千切られている。
 指を押さえ戸惑うキミコの前に血まみれの『天使』がふわふわと戻ってきた。血にまみれた口がぱっくり開いたままだ。
 キミコは全速力で屋上の出口に向かって走ったが、脚に激痛が走り転んでしまった。ふくらはぎの肉を『天使』がはぐはぐと抉っている。
 引き剥がそうと手を伸ばすキミコの喉笛に『天使』が飛びかかった。肉を食みながら体内へと潜り込んでいく。
 なす術もなく空を仰いで転がるキミコは次から次へと降ってくる丸い雪に気付いた。宙で分裂しながらそれらが自分の上に舞い降りてくる。
 死にたくない、助けて。
 心からそう思ったが、外からも中からも『天使』に食われ、齧られていく眼球で雪の降り続ける空をただ見ているしかなかった。
 どこからか初雪を喜ぶ子供たちの歓声が聞こえてきたが、それらはすぐ絶叫に変わった。
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