第14話   第二章 『森のコテッジ』⑧  月下のワルツ

文字数 1,062文字

 暮れるのが早い時期・・森を抜けて、現の世界に戻らなくては・・。

「・・冷たくないの?」
「・・ネーム・・」
 
 スキー板を滑らせて進む晃子の近くを、双翼の姿が一体何処で手に入れたのか裸足のままスノーボードをゆっくりと滑らせている。が、雪にめり込むことも微かな跡が残ることもない。

 その幻実と現実を繋ぐ森の小路は、昼と夜の間の刻を巨大な雪の彫刻の間を縫って続く。

 その時、突然立ち止まり、何かに耳をそば立てるような表情を見せた。
 バサッとした音がして、高い木立ちから枝につもった雪が落ちた。何処からか鳥が飛び立ったようだ。
 まるで野生の生き物のようにルシアンの目がキッと光った。
 その羽音から、かなり大きな鳥のようだ。
 
 晃子は自然が大好きだったが、その生態系などには疎い。雪深い季節に鳥や獣達がどうやって生活しているのかもよく知らない。

「ふくろう・・?」

 適当に言って、ふと・・思った。
 もし今、目の前で突然、ルシアンと呼んでいる男の姿が変容したら・・何に・・?
 
 初めて会った時から、まだ一週間も経ってはいない。
 でも、この感情は・・何・・?・・そこにあることに何も抵抗もない・・。


 森を抜けると、開けたゲレンデに出た。すでにこの時刻には誰もいない。遥か下の方のゲレンデからナイターの照明が浮かび上がっている。
 その広いゲレンデを眺めながら、晃子はふと、以前、あるスキー場で聞いた話を思い出した。

 何十年も前のまだナイター施設などなかった頃、山頂付近にある急な斜面を明るい月明かりをたよりに数人の地元のスキーヤー仲間が滑っていた。
 が、その急斜面のゲレンデの真ん中に一人のお婆さんが立っていた・・と、云う。
 
 その話を聞いてしばらくの間は、ロマンティックな月明かりの下で滑る気がしなくなった。

 幻実の森から現実の世界に戻った途端、いつもならそれまでの時間が何か幻のように思えてくるのに、振り向いて近くに立つ異形の姿を目にすると・・まだその時間の中にいる。
 そして・・お婆さんほどには、違和感を感じないのはなぜ・・?

 
 晃子は合図を送るように頷くと、滑り出した。
 ルシアンはスノーボードを雪の上に置くと片足を掛け、静かにスケートでも始めるように滑り出した・・晃子のスキーの跡と交差させるように、広い斜面に跡のない大きなS字を描きながら・・。

 誰もいない雪原のボールルーム・・頭の中に滑らかなワルツが流れ出す・・。
 共に踊る相手の背中の翼が風を孕んだウインドサーフィンの帆のように広がり・・月下のゲレンデを優雅に踊いはじめる・・。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み