がたんとごとんと繋がる毎日:地下鉄で出会う2000字

文字数 1,813文字

 ゴゴゥという音が聞こえて最初に風が吹く。
 乗り換えアプリのおすすめの先頭車両の前にいたからトンネルから押し出される強風に髪を揺らされ体がふらりと揺れた。
 キキウという音をたてて地下鉄が止まる頃には髪の毛がすっかりボサボサになっていた。急いで手ぐしで直す。

 ここは丸ノ内線淡路町駅。3年も東京にいるのに初めて降りる駅だった。 
 改札を超えて階段を上がるとそこは交差する大きな道路。ええと、どっちにいけばいいんだ?
 地図アプリを開いてもよくわからないや。

 それでも初めての東京に来た3年前よりは随分慣れていた。
 初めて降りた東京駅。たくさんの人が迷いもせずにどこかに流れていくけれど自分は地下鉄を探すのに右往左往。とりあえず丸の内線だからと思って丸の内口から出たけれど、ドンと立つあまりに大きなビルとそれに繋がる青い空にひっくり返りそう。そのまま見上げて振り返ると振り返ると見事な赤レンガの駅舎。そしてようやく見つけた地下への入り口。
 けれども散々迷って少しレトロな赤い電車に駆け込んだのを覚えている。

 そんなことを思い出しているうちに商談は終わって次は銀座。丸ノ内線で淡路町からは4つ目だ。
 地下鉄を上がると町はすっかりキラキラときらめいていた。マフラーを巻き直す。息は既に少し白い。
 今日はクリスマスだ。有楽町線を超えた先にある並木道の木々は電飾できらめいていた。
 そこで注文していた品物を受け取る。とても大切なもの。
 そうだ。初めて会ったのもこんな冬の日だった。

「すみません、副都心線はどこでしょう」
「副都心線ですか? ええと、私も詳しくはないんですけど。すごい荷物ですね」
「ええ。急に商品が足りなくなったらしくて」

 あれは去年の、やっぱりクリスマス近くの話。
 大きな地図の前で所在なく佇むその人に声をかけられた。
 場所は渋谷だった。当時も渋谷は大工事中で、その人は銀座線から副都心線に乗り換えたいらしかった。自分も垂直につながる地図を見て、副都心線というのは随分地下の方にあるんだな、と首を傾げた。

 その時は手持ち無沙汰で買い物でもしようと渋谷に来たけれど、なんとなくこの広いごちゃごちゃとした迷路の探検も面白そうだ、と思って一緒にぐるぐると巡る。真っすぐ行って、ひっくり返って、また探して。
 ようやくたどり着いた時、たくさんの荷物の中の1つをくれた。
 その人の働く洋菓子屋さんのクッキー詰め合わせ。これ以外にも正式にお礼をしたいと言われてLINEを交換。
 次に待ち合わせたのは新宿駅で、今度迷ったのは自分の方だった。本当に。

「副都心線の新宿区三丁目にいるんだけど」
「ああ、そのまま地下街を三越方面に……」

 三越方面。
 目の前にはとてもとても広い地図。新宿の地下は一体どこまで広がっているんだろう……?

 今いるここがどこかもよくわからなくて、結局迎えに来てもらって洋菓子屋まで連れて行ってもらう。営業中だったのにごめんなさい。それで今度は自分がお礼をする番で。

 その人が古いレシピを研究したいと言っていたのを思い出したから次に降りたのは半蔵門線の九段下。
 たくさんの古本の町。そこで色々と本屋を巡って路地裏で食べたパンケーキはとてもふかふかで美味しくて。自分があまりにも美味しそうに食べるものだからその人を少し怒らせてしまったようだ。

「私がつくるケーキもほんっとうに美味しいんだから!」

 それで次はどちらからともなく会う約束をした。
 ベタだけど銀座線浅草駅の浅草寺、半蔵門線押上の上に立つスカイツリー、南北線後楽園駅にある後楽園遊園地。色々なところを巡って今日はだいたい一周年。そしてクリスマス。

 銀座からは有楽町線で池袋まで向かって東京芸術劇場でクリスマスのコーンサート。その後にはサンシャインの上の中華料理を予約している。東京をどこまでも見渡せる窓際の席。

 お誂え向きに240メートルもあるこの建物よりもずっと高いところからちらちらと白い雪が降ってきた。さっきまで綺麗な夜空が広がっていたけれど、どこまでも遮るものもない空と足元に見えるごちゃごちゃとした東京の間が遠くまで白と黒で埋め尽くされていく。

 銀座で用意したプレゼントはすでに手のひらの中にある。
 その人がシャンパンを置いたすきにそっと手を取る。ふと目が合う。

「これからも一緒にたくさんの冒険をしましょう、愉快なこの街で」
「よろこんで」

Fin

東京メトロ推し。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み