【昔話】 ✿ 西方ヒストリア

エピソード文字数 951文字

 今は昔、春の夜更けのこと。


 西方の里のお殿様は縁側で一人、庭の桜をごらんになっていた。


 花びらの浮かんだ杯を丸い月にかかげた時、ドサッと庭の奥で物音がした。



はて、今のはなんであろう?

お殿様は不思議そうに思って、庭へ下りる。

血のにおいじゃ…

提灯で草むらを照らすと、男が地に転がり苦痛に身をよじらせていた

お殿様は、すぐに家来を呼んだ。
いそぎ床を用意し、湯をわかさせよ
されど、忍びでございます…。殿のお命をねらって来たのやも…
このままにはしておけぬ。ひどいケガじゃ、早く手当てをせねば

お殿様はそう言って、忍者を屋敷へ上げさせた。

忍者は、意識のもうろうとする中、自分がやわらかな布団に寝かされたと分かった。

(なんて温かいのだろう。ここは浄土ではあるまいな)

十万億土をふんだ先には極楽浄土があると聞く。けわしい山々を越えて自分は浄土にたどり着いたのやもしれぬなぁ…)

 忍者は、意識を失った。


 その後、忍者は手厚く介抱された。


 怪我の具合が良くなり、動けるようになった頃のこと。

殿がお呼びだ。急ぎ参られよ。

忍者は、お殿様の前へ通された。

おお、怪我の具合はどうじゃ?

お陰様でございます。

このたびは、それがしの命を助けていただき、ありがとうございます。

ところで、そちはなぜこの里へ参ったのだ?

実は…それがしは、肥後の殿さまに仕えていた忍びでして

ほう…。肥後に

けれど主君がなくなり、あらぬ疑いをかけられ、命の危険を感じて城を出たのです。

逃げる道中、獣におそわれ、身を守るため屋敷に入りこみました。

何卒ご無礼をお許しください

左様であったか、難儀であったのう。
お殿様は忍者の話に何度もうなずいた。

ところでな。おぬしにちと、たずねたいのだが…。

なんでございましょう?

スイレンの葉にのって池をわたれるかの?

煙でドロンと消えることができるか?

お殿様は目を輝かせて、忍者が答えるのを待った。

忍者はしばし呆然としたあと、口元を隠して笑い出した。

で、どうなのじゃ?
無論、できまする

忍者は姿勢を正して答えた。

どこのだれとも分からぬ自分を助けてくれた、お殿様の温かい人柄に惹かれた。

( 私は、お殿様に忠義をつくし、恩を返そう )
彼がこの地に根づき、お殿様のまつりごとを助け、西方忍者の(はじめ)となるのはもう少し先のお話である。
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登場人物紹介

日高萌栄 (ひだか・もえ


中学2年生、13才の少女。

カピバラをこよなく愛する。

重黒木 鋼じゅうくろぎ・はがね


中学2年生、13才の少年。機械いじりが得意。

椎葉 発(しいば はつ)


中学2年生、13才。

萌栄の友達。花火師の孫。

黒木 殿下(くろき でんか)


萌栄のライバル

那須 雨音(なす あまね)


殿下の友達。

黒木 媛(くろき ひめ)


殿下の妹

日高 結芽(ひだか ゆめ)


萌栄のお母さん

日高 地平(ひだか ちへい)


萌栄のお父さん

日高 雲水(ひだか うんすい)


萌栄の祖父

重黒木 功(じゅうくろぎ こう)


鋼のお父さん

重黒木 理玖 (じゅうくろぎ りく)


鋼のお母さん

椎葉 康次(しいば やすじ)


発の祖父。花火師

黒木 智子(くろき ともこ)


殿下、媛のお母さん。

黒木 未夏 (くろき みか)


クラスメイト

中武 陽(なかたけ はる)


クラスメイト

那須 貴也(なす たかや)


クラスメイト

那須 由子(なす ゆうこ)


クラスメイト

お殿様。


西方の里を治める、お殿様。

南朝の忠臣、その子孫。

忠平(ただひら)


お殿様が助けた忍者。

加藤清正に仕えていたが、毒殺の濡れ衣をかけられ、逃げてきた。

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