第4話
文字数 3,916文字
「麒麟・・」
羽白は、呆然とつぶやいた。
「死んだのは、ついさっきのようです」
井月が麒麟の側にひざまずいて言った。
「〈霊喰い〉に囚われている間に襲われたのでしょう。霊は帰る身体を失い、そのまま地霊に吸い込まれてしまった」
「今までずっと待っていながら」
羽白は、腕の中でぐったりしているひわに顔を押しつけた。
「もう少しで生身のひわと会えたというのに・・」
「責任は私にあります。麒麟の霊をつなぎ止めておく方法を考えるべきでした」
「ひわに、それは見せられない」
「見せるどころか」
井月は、深々とため息をついた。
「羽白、ひわの霊は〈霊喰い〉のところで一度、麒麟とひとつになっているのです。それなのにまた離されて・・いまのひわは、自分を失ったも同然です」
「では」
羽白は、はっと井月を見つめた。
「ひわは、どうなる」
「目覚めても、廃人になるしかないでしょう」
ひわは苦しげに眉をひそめ、目を閉じていた。あのまま麒麟とともに〈霊喰い〉に呑み込まれてしまったほうが幸せだったと言うわけか?
「なんとか、方法はないのか」
羽白は、絞り出すように言った。
「ひわを助ける方法は」
「ひとつだけ」
長い間を置いて、井月はゆっくりとうなずいた。
「いまの世界は、麒麟の成獣が生きていくだけの地霊がない。ひわも正気には戻れない。だとすれば、ひわを麒麟が生きていた時代に送り出すしかありません」
羽白は、息をのんだ。
「できるのか、そんなことが」
「やってみなければ、わかりません」
井月は、答えた。
「ためしたことなど、ありませんからね。でも、私ひとりの力では無理でしょう。あなたの助けが必要です」
「できることなら、何でもしよう」
「その時代に結びつく何かがあれば、過去への扉は見つかるはず、と聞いています」
「なにか・・」
「たとえば、土器や骨といった過去の遺物です。多ければ多いほど成功の確率は高くなる」
「遺物か」
羽白は、茂みの中に目を向けた。
「ここに、麒麟がいる」
「洞窟には、古代人が残した麒麟の絵もあります。そして、私が呼び寄せる過去をはっきりと思い描くことができれば」
井月は、羽白を見つめた。
「麒麟の幻曲を弾いて下さい、羽白」
羽白は、目を見ひらいた。
「あなたの幻曲があれば、私の呪力も高まるでしょう。ひわと麒麟を、もう一度結びつけることが出来るかもしれません」
「神官が、幻曲を弾けというのか」
「ひわたちのためです」
井月は、きっぱりと言った。
「なぜ人が麒麟に憧れてきたか、分かるでしょう、羽白。どんなに愛し合った者たちでも、魂を共有する事はできません。でも麒麟は魂も肉体もひとつになることができる、孤独を知らない唯一幸福な生きものなのです」
羽白は、井月の揺るぎない瞳を見返した。
「ひわと麒麟を、このまま引き離すことなどできません」
「神官としては」
羽白は、ちらと歯を見せた。
「少々、修行が足りないようだ」
井月は、笑った。
「私もそう思います」
「やってみよう」
羽白は、ひわを静かに横たえて、琵琶の弦の調節をはじめた。
井月も地面に胡座を組み、目を閉じて思念を集中した。
新しい麒麟の曲は、羽白の中で生まれつつあった。あの壁画を見たばかりか、〈霊喰い〉の中でじかに麒麟の霊と触れあったのだ。
ありありと麒麟たちの群れを想い描くことができた。
想いの高まりとともに、羽白のしなやかな指は弦の上をはしっていた。麒麟の角のような硬質の音をはじき出し、わずかな光の具合でも変化する金色の毛並みの輝きや、完璧な均衡をもつ優美な肢体を旋律にのせて。
木陰に憩っていた一匹の麒麟は、やがて身をひるがえして仲間に合流する。緑あふれる草原を、何十頭もの麒麟たちが黄金の川の流れのようにたてがみをなびかせ、美しい筋肉を躍動させて駆け抜けていく。
壮麗な琵琶の音の奥から、地の響きが聞こえてきた。
井月は、身じろぎもせずに羽白の背後を見つめていた。
灰茶色の枯れ山の光景から、裂けたように緑の野があふれ出た。
地の響きは、麒麟のひずめの音だ。麒麟たちは、誇らしげに角を振り上げ、井月と羽白の前に躍り出た。
井月は、持てるだけの呪力を集中し、思念を過去の一点に向けた。こんなふうに麒麟たちが自在に駆け回っていた時代。ひわの片割れである麒麟の幼獣が生まれていた時代。
麒麟たちの光景が、さらに奥行きをもってきた。
群れは去り、残りのものたちは明るい日差しを受けてゆったりと草をはんでいる。親にぴったりと寄り添って離れない生まれたての幼獣もいれば、互いの耳を噛み合ってじゃらけているのは、いくらか大きくなった幼獣だろう。
白い花をふりこぼしている木の根元に、一匹の麒麟がうずくまっていた。他の子供たちより身体は大きかったが、額の肉色の瘤は確かに幼獣だ。
琵琶を弾きながら、羽白はその獣を見つめた。どこまでが自分の幻曲で、どこまでが井月の導いた過去なのか。
しかし、あの麒麟はまさしく・・。
ひわが、ゆっくりと身を起こした。
木の下の麒麟は、哀しげな顔を上げてひわと目を合わせた。
ひわと幼獣の口から、同じ声がもれた。澄んだ鈴の音のような、高い歓喜の声だった。
ひわは顔を輝かせ、両手を広げて麒麟に駆け寄った。麒麟も首を振り立てて、ひわを迎えた。
ひわがしっかりと麒麟を抱きしめた瞬間を、羽白は確かに見た。と同時に、麒麟たちの姿は薄らいでいった。
羽白は、琵琶を弾く手を止めた。
ひわと麒麟の幼獣は消えていた。
残っているのは、枯れ葉の積もる寒々とした景色と、崩れるように倒れている井月の姿だった。
羽白は、井月に駆け寄った。ぐったりと動かない井月の、首筋の脈をとってみて愕然とした。
脈も呼吸も止まっている。
過去を呼び出すには、想像以上の呪力が必要だったに違いない。井月は、生命さえも使い果たしてしまったのだ。
会ってからまだ一日と過ぎていないのに、ずいぶん長い間ともに過ごしてきたような気がした。
井月は、何も求めなかった。神官でありながら幻曲師である羽白を抹殺しようともしなかった。
〈霊喰い〉から自分たちを助け、ひわと麒麟のためにただただ力を尽くしてくれた。
羽白は、しばらくの間うつむいていた。
「羽白」
その声に耳を疑った。
井月が目を開いてこちらを見上げている。
「神官・・」
羽白は、ようやく言った。
「生きていたのか」
「少しの間、心臓が止まっていたようです」
顔色は蒼白だったが、にこりと笑って井月は言った。
「成功したようですね」
「だといいが」
羽白は、安堵の息を吐き出した。
「あっという間に消えてしまった。ひわが本当に過去に行ったとしても、あの麒麟は成獣になれるのだろうか。かたや人間の身体だというのに」
「他の麒麟とはちがうでしょう」
疲れ切ったように横たわったまま、井月は言った。
「憶えているでしょう、羽白。洞窟の壁の、角のはえた人間の絵を」
「あれが・・」
「ひわと麒麟が、ひとつになった姿だとは思いませんか」
「ああ」
羽白は目を閉じ、うなずいた。
瞼にはっきりと浮かんでくる。
すらりとした少女に成長したひわ。その額に輝く、細く美しい真珠色の角。
もう片方の自分を見つけたひわは、すばらしく幸福な一生をおくったことだろうと思う。人間であった時にはけして満たされなかった心をたっぷりと満たし、地霊あふれる大地を仲間とともに駆けまわりながら。
「みんな、神官のおかげだ」
羽白は、頭を下げた。
「感謝している」
井月が身を起こそうとしたので、羽白は手を貸した。ふっとため息をついて、
「〈霊喰い〉のことといい、だいぶ地霊を消費したな。神官仲間に知れたら、まずいだろうに」
「〈霊喰い〉については、使ったぶんの地霊は戻りましたよ。〈霊喰い〉は地霊に還り、もうあれが生きるために地霊が失われることはないのですから。麒麟のことは・・」
井月は、ちょっと考えこんだ。
「まあ、よしとしましょう。私はもう神官とは言えないのですから。呪力を使い果たしてしまったようです」
羽白は、はっと井月を見た。
「これで、さっぱりしました」
くすりと井月は笑った。
「あなたも言ったでしょう。私はもともと、神官には不向きなのです」
井月は、羽白の前に座り直した。
「琵琶が、幻曲が、あれほどすばらしいものだとは思いませんでした。地霊の無駄使いなどでは決してありません。人の心に残り続けますから」
「そういってもらえると、ありがたいが」
羽白は、つくづくと井月を見つめた。
「これから、どうする」
「そうですね」
井月は、静かに言った。
「一度、故郷に帰りましょう。親兄弟がいます。それから、自分に本当に必要なものを探してみるつもりです。あなたにとっての琵琶、ひわにとっての麒麟のような」
井月は微笑んだ。
「それを探すだけの一生になるかもしれませんが」
羽白は小さく頷き、空を見上げた。どんよりと曇った空から、ひとひらふたひら白いものが落ちてくる。
今年はじめての雪だった。
羽白は、まつげについた雪をはらった。
「故郷は?」
「遠海 です」
「南の方角だな」
羽白はつぶやき、立ち上がった。
「ともあれ、山を下りるとしよう。雪が積もらないうちに」
雪は、風にのって小やみなく降りつづく。
二人は、肩を並べて歩き出した。
羽白は、呆然とつぶやいた。
「死んだのは、ついさっきのようです」
井月が麒麟の側にひざまずいて言った。
「〈霊喰い〉に囚われている間に襲われたのでしょう。霊は帰る身体を失い、そのまま地霊に吸い込まれてしまった」
「今までずっと待っていながら」
羽白は、腕の中でぐったりしているひわに顔を押しつけた。
「もう少しで生身のひわと会えたというのに・・」
「責任は私にあります。麒麟の霊をつなぎ止めておく方法を考えるべきでした」
「ひわに、それは見せられない」
「見せるどころか」
井月は、深々とため息をついた。
「羽白、ひわの霊は〈霊喰い〉のところで一度、麒麟とひとつになっているのです。それなのにまた離されて・・いまのひわは、自分を失ったも同然です」
「では」
羽白は、はっと井月を見つめた。
「ひわは、どうなる」
「目覚めても、廃人になるしかないでしょう」
ひわは苦しげに眉をひそめ、目を閉じていた。あのまま麒麟とともに〈霊喰い〉に呑み込まれてしまったほうが幸せだったと言うわけか?
「なんとか、方法はないのか」
羽白は、絞り出すように言った。
「ひわを助ける方法は」
「ひとつだけ」
長い間を置いて、井月はゆっくりとうなずいた。
「いまの世界は、麒麟の成獣が生きていくだけの地霊がない。ひわも正気には戻れない。だとすれば、ひわを麒麟が生きていた時代に送り出すしかありません」
羽白は、息をのんだ。
「できるのか、そんなことが」
「やってみなければ、わかりません」
井月は、答えた。
「ためしたことなど、ありませんからね。でも、私ひとりの力では無理でしょう。あなたの助けが必要です」
「できることなら、何でもしよう」
「その時代に結びつく何かがあれば、過去への扉は見つかるはず、と聞いています」
「なにか・・」
「たとえば、土器や骨といった過去の遺物です。多ければ多いほど成功の確率は高くなる」
「遺物か」
羽白は、茂みの中に目を向けた。
「ここに、麒麟がいる」
「洞窟には、古代人が残した麒麟の絵もあります。そして、私が呼び寄せる過去をはっきりと思い描くことができれば」
井月は、羽白を見つめた。
「麒麟の幻曲を弾いて下さい、羽白」
羽白は、目を見ひらいた。
「あなたの幻曲があれば、私の呪力も高まるでしょう。ひわと麒麟を、もう一度結びつけることが出来るかもしれません」
「神官が、幻曲を弾けというのか」
「ひわたちのためです」
井月は、きっぱりと言った。
「なぜ人が麒麟に憧れてきたか、分かるでしょう、羽白。どんなに愛し合った者たちでも、魂を共有する事はできません。でも麒麟は魂も肉体もひとつになることができる、孤独を知らない唯一幸福な生きものなのです」
羽白は、井月の揺るぎない瞳を見返した。
「ひわと麒麟を、このまま引き離すことなどできません」
「神官としては」
羽白は、ちらと歯を見せた。
「少々、修行が足りないようだ」
井月は、笑った。
「私もそう思います」
「やってみよう」
羽白は、ひわを静かに横たえて、琵琶の弦の調節をはじめた。
井月も地面に胡座を組み、目を閉じて思念を集中した。
新しい麒麟の曲は、羽白の中で生まれつつあった。あの壁画を見たばかりか、〈霊喰い〉の中でじかに麒麟の霊と触れあったのだ。
ありありと麒麟たちの群れを想い描くことができた。
想いの高まりとともに、羽白のしなやかな指は弦の上をはしっていた。麒麟の角のような硬質の音をはじき出し、わずかな光の具合でも変化する金色の毛並みの輝きや、完璧な均衡をもつ優美な肢体を旋律にのせて。
木陰に憩っていた一匹の麒麟は、やがて身をひるがえして仲間に合流する。緑あふれる草原を、何十頭もの麒麟たちが黄金の川の流れのようにたてがみをなびかせ、美しい筋肉を躍動させて駆け抜けていく。
壮麗な琵琶の音の奥から、地の響きが聞こえてきた。
井月は、身じろぎもせずに羽白の背後を見つめていた。
灰茶色の枯れ山の光景から、裂けたように緑の野があふれ出た。
地の響きは、麒麟のひずめの音だ。麒麟たちは、誇らしげに角を振り上げ、井月と羽白の前に躍り出た。
井月は、持てるだけの呪力を集中し、思念を過去の一点に向けた。こんなふうに麒麟たちが自在に駆け回っていた時代。ひわの片割れである麒麟の幼獣が生まれていた時代。
麒麟たちの光景が、さらに奥行きをもってきた。
群れは去り、残りのものたちは明るい日差しを受けてゆったりと草をはんでいる。親にぴったりと寄り添って離れない生まれたての幼獣もいれば、互いの耳を噛み合ってじゃらけているのは、いくらか大きくなった幼獣だろう。
白い花をふりこぼしている木の根元に、一匹の麒麟がうずくまっていた。他の子供たちより身体は大きかったが、額の肉色の瘤は確かに幼獣だ。
琵琶を弾きながら、羽白はその獣を見つめた。どこまでが自分の幻曲で、どこまでが井月の導いた過去なのか。
しかし、あの麒麟はまさしく・・。
ひわが、ゆっくりと身を起こした。
木の下の麒麟は、哀しげな顔を上げてひわと目を合わせた。
ひわと幼獣の口から、同じ声がもれた。澄んだ鈴の音のような、高い歓喜の声だった。
ひわは顔を輝かせ、両手を広げて麒麟に駆け寄った。麒麟も首を振り立てて、ひわを迎えた。
ひわがしっかりと麒麟を抱きしめた瞬間を、羽白は確かに見た。と同時に、麒麟たちの姿は薄らいでいった。
羽白は、琵琶を弾く手を止めた。
ひわと麒麟の幼獣は消えていた。
残っているのは、枯れ葉の積もる寒々とした景色と、崩れるように倒れている井月の姿だった。
羽白は、井月に駆け寄った。ぐったりと動かない井月の、首筋の脈をとってみて愕然とした。
脈も呼吸も止まっている。
過去を呼び出すには、想像以上の呪力が必要だったに違いない。井月は、生命さえも使い果たしてしまったのだ。
会ってからまだ一日と過ぎていないのに、ずいぶん長い間ともに過ごしてきたような気がした。
井月は、何も求めなかった。神官でありながら幻曲師である羽白を抹殺しようともしなかった。
〈霊喰い〉から自分たちを助け、ひわと麒麟のためにただただ力を尽くしてくれた。
羽白は、しばらくの間うつむいていた。
「羽白」
その声に耳を疑った。
井月が目を開いてこちらを見上げている。
「神官・・」
羽白は、ようやく言った。
「生きていたのか」
「少しの間、心臓が止まっていたようです」
顔色は蒼白だったが、にこりと笑って井月は言った。
「成功したようですね」
「だといいが」
羽白は、安堵の息を吐き出した。
「あっという間に消えてしまった。ひわが本当に過去に行ったとしても、あの麒麟は成獣になれるのだろうか。かたや人間の身体だというのに」
「他の麒麟とはちがうでしょう」
疲れ切ったように横たわったまま、井月は言った。
「憶えているでしょう、羽白。洞窟の壁の、角のはえた人間の絵を」
「あれが・・」
「ひわと麒麟が、ひとつになった姿だとは思いませんか」
「ああ」
羽白は目を閉じ、うなずいた。
瞼にはっきりと浮かんでくる。
すらりとした少女に成長したひわ。その額に輝く、細く美しい真珠色の角。
もう片方の自分を見つけたひわは、すばらしく幸福な一生をおくったことだろうと思う。人間であった時にはけして満たされなかった心をたっぷりと満たし、地霊あふれる大地を仲間とともに駆けまわりながら。
「みんな、神官のおかげだ」
羽白は、頭を下げた。
「感謝している」
井月が身を起こそうとしたので、羽白は手を貸した。ふっとため息をついて、
「〈霊喰い〉のことといい、だいぶ地霊を消費したな。神官仲間に知れたら、まずいだろうに」
「〈霊喰い〉については、使ったぶんの地霊は戻りましたよ。〈霊喰い〉は地霊に還り、もうあれが生きるために地霊が失われることはないのですから。麒麟のことは・・」
井月は、ちょっと考えこんだ。
「まあ、よしとしましょう。私はもう神官とは言えないのですから。呪力を使い果たしてしまったようです」
羽白は、はっと井月を見た。
「これで、さっぱりしました」
くすりと井月は笑った。
「あなたも言ったでしょう。私はもともと、神官には不向きなのです」
井月は、羽白の前に座り直した。
「琵琶が、幻曲が、あれほどすばらしいものだとは思いませんでした。地霊の無駄使いなどでは決してありません。人の心に残り続けますから」
「そういってもらえると、ありがたいが」
羽白は、つくづくと井月を見つめた。
「これから、どうする」
「そうですね」
井月は、静かに言った。
「一度、故郷に帰りましょう。親兄弟がいます。それから、自分に本当に必要なものを探してみるつもりです。あなたにとっての琵琶、ひわにとっての麒麟のような」
井月は微笑んだ。
「それを探すだけの一生になるかもしれませんが」
羽白は小さく頷き、空を見上げた。どんよりと曇った空から、ひとひらふたひら白いものが落ちてくる。
今年はじめての雪だった。
羽白は、まつげについた雪をはらった。
「故郷は?」
「
「南の方角だな」
羽白はつぶやき、立ち上がった。
「ともあれ、山を下りるとしよう。雪が積もらないうちに」
雪は、風にのって小やみなく降りつづく。
二人は、肩を並べて歩き出した。