コマドリはいつ嘶く
文字数 1,618文字
「……何をしているんです?」
煌々と部屋の電気をつけっぱなしにし、布団を引っ被って丸まっている姿に、彼は呆れたようにそう言った。
もぞもぞと布団から顔を出した幼子は涙目で彼に訴えかける。
「……怖い話を見た。」
「またですか……。」
心底怖がりなくせに、なんだってそういうものを見聞きしたがるのか彼には理解できない。
子供の好奇心といえばそれまでなのだが、こんなに怯えるなら見なければいいのだとしか言いようがない。
「で?今度は何です?」
しかしそれを言っても今更遅い。
彼は諦めて現場を整える為にその場に座った。
「……かごめかごめって知ってるな?」
「あ~はいはい。で?どの方面の怖い話です?」
かごめかごめはわらべ唄の一つだ。
そしてその意味不明とも言える言葉の連なりに、多くの逸話を持っている歌の一つでもある。
「色々!」
「色々?と言いますと??」
「女郎の歌だとか……。」
「証明する術はございませんが、女郎の日常を綴った歌を親が子に歌わせますかね?一部地域ならまだしも全国に広まるほど?」
「埋蔵金の歌……。」
「もしそうならとっくにその埋蔵金は掘り起こされてますよね?気にしても仕方ないじゃないですか?」
「囚人の首が……。」
「死んだ人間がどうやって歌を読むんです?そうだとしても別にあなたが介錯をした訳ではないのですし。そもそも「後ろの正面」の下りは大正時代にはなかった部分なんですよ。」
「……政治的陰謀とか……。」
「伝言ゲームと同じです。歌われ続けるうちに元々は「つるつる滑った」となっていたのが大正時代辺りから「鶴と亀がすべった」に変化したと言われてますね。だから「鶴と亀が統べた」という解釈ができる歌詞になるのは大正以降ですね。」
「流産の歌っていうのは?!」
「これも証明はできませんが、この歌が記録として残っている一番古いものですと「つるつる滑った」の後は「なべのなべの底抜け、そこを抜いてたもれ」となっていまして。「鍋鍋底ぬけ」というわらべ唄の亜種が始まりっぽいんですよね。流産……う~ん、確かに証明はできませんね……鍋鍋底ぬけですし……。」
「じゃあ降霊術っていうのは?!」
「元々は鍋鍋底ぬけだったのにですか??随分と明るい降霊術ですね。」
「ヘブライ語で意味があるって話は?!」
「昔の事は知りようがないので難しい所ではありますけど、同じと言われる古代ヘブライ語と言うものが不確かである事はご存じですか?ヘブライ語は2世紀には一度使用されなくなり、様々な言語の影響を受け文字として残っていたものを19世紀頃に熱心な研究者が復活させたものが現代ヘブライ語として現在話されています。なので一度失われてしまった言語の為、ロマンはありますけど古代ヘブライ語と同じと証明・確定する事は難しいとされていますね。」
「……………………。」
幼子は布団から完全に体を出して、ぽかんとしている。
そしてハッとしたように彼を睨んだ。
「……せっかくの怖い話が台無しだ!!お前と話すと全部つまらなくなる!!」
「それは申し訳ございません。ですが怖くなくなったのでしたら、明かりを消してさっさとお休みになって下さい。」
「も~!!お前なんか嫌いだ!!」
そう言うと幼子はまた布団を引っ被って丸まってしまった。
その様子がまるで亀のようで笑ってしまう。
「はいはい。ではおやすみなさい。」
彼はそう言って明かりを消し、部屋の戸を閉めた。
はぁ……とため息をついて長い廊下を歩く。
縁側に出ると月明かりに照らされた竹林がさらさらと澄んだ音をさせていた。
「かごめかごめ……ねぇ……。」
不謹慎だと思いつつ、彼はその歌を口ずさむ。
彼の知っている、その歌を……。
神宮女神宮女
加護の中の鳥居は
いついつでやる
夜明けの番人
つるつるつっぺぇつた……
「……知らぬは本人ばかり、か。」
いや、知らぬのはこの世の全てだ。
そしてそれは、知らなくていい事だ。
「明けぬ夜はなくとも……開けない方がいいものはたくさんあるのだから……。」
煌々と部屋の電気をつけっぱなしにし、布団を引っ被って丸まっている姿に、彼は呆れたようにそう言った。
もぞもぞと布団から顔を出した幼子は涙目で彼に訴えかける。
「……怖い話を見た。」
「またですか……。」
心底怖がりなくせに、なんだってそういうものを見聞きしたがるのか彼には理解できない。
子供の好奇心といえばそれまでなのだが、こんなに怯えるなら見なければいいのだとしか言いようがない。
「で?今度は何です?」
しかしそれを言っても今更遅い。
彼は諦めて現場を整える為にその場に座った。
「……かごめかごめって知ってるな?」
「あ~はいはい。で?どの方面の怖い話です?」
かごめかごめはわらべ唄の一つだ。
そしてその意味不明とも言える言葉の連なりに、多くの逸話を持っている歌の一つでもある。
「色々!」
「色々?と言いますと??」
「女郎の歌だとか……。」
「証明する術はございませんが、女郎の日常を綴った歌を親が子に歌わせますかね?一部地域ならまだしも全国に広まるほど?」
「埋蔵金の歌……。」
「もしそうならとっくにその埋蔵金は掘り起こされてますよね?気にしても仕方ないじゃないですか?」
「囚人の首が……。」
「死んだ人間がどうやって歌を読むんです?そうだとしても別にあなたが介錯をした訳ではないのですし。そもそも「後ろの正面」の下りは大正時代にはなかった部分なんですよ。」
「……政治的陰謀とか……。」
「伝言ゲームと同じです。歌われ続けるうちに元々は「つるつる滑った」となっていたのが大正時代辺りから「鶴と亀がすべった」に変化したと言われてますね。だから「鶴と亀が統べた」という解釈ができる歌詞になるのは大正以降ですね。」
「流産の歌っていうのは?!」
「これも証明はできませんが、この歌が記録として残っている一番古いものですと「つるつる滑った」の後は「なべのなべの底抜け、そこを抜いてたもれ」となっていまして。「鍋鍋底ぬけ」というわらべ唄の亜種が始まりっぽいんですよね。流産……う~ん、確かに証明はできませんね……鍋鍋底ぬけですし……。」
「じゃあ降霊術っていうのは?!」
「元々は鍋鍋底ぬけだったのにですか??随分と明るい降霊術ですね。」
「ヘブライ語で意味があるって話は?!」
「昔の事は知りようがないので難しい所ではありますけど、同じと言われる古代ヘブライ語と言うものが不確かである事はご存じですか?ヘブライ語は2世紀には一度使用されなくなり、様々な言語の影響を受け文字として残っていたものを19世紀頃に熱心な研究者が復活させたものが現代ヘブライ語として現在話されています。なので一度失われてしまった言語の為、ロマンはありますけど古代ヘブライ語と同じと証明・確定する事は難しいとされていますね。」
「……………………。」
幼子は布団から完全に体を出して、ぽかんとしている。
そしてハッとしたように彼を睨んだ。
「……せっかくの怖い話が台無しだ!!お前と話すと全部つまらなくなる!!」
「それは申し訳ございません。ですが怖くなくなったのでしたら、明かりを消してさっさとお休みになって下さい。」
「も~!!お前なんか嫌いだ!!」
そう言うと幼子はまた布団を引っ被って丸まってしまった。
その様子がまるで亀のようで笑ってしまう。
「はいはい。ではおやすみなさい。」
彼はそう言って明かりを消し、部屋の戸を閉めた。
はぁ……とため息をついて長い廊下を歩く。
縁側に出ると月明かりに照らされた竹林がさらさらと澄んだ音をさせていた。
「かごめかごめ……ねぇ……。」
不謹慎だと思いつつ、彼はその歌を口ずさむ。
彼の知っている、その歌を……。
神宮女神宮女
加護の中の鳥居は
いついつでやる
夜明けの番人
つるつるつっぺぇつた……
「……知らぬは本人ばかり、か。」
いや、知らぬのはこの世の全てだ。
そしてそれは、知らなくていい事だ。
「明けぬ夜はなくとも……開けない方がいいものはたくさんあるのだから……。」