第6話 水の消えた世界

文字数 1,693文字

 のどが渇いたな、と、目を覚ましたちいちゃんがいた場所は、からからに乾いた大地でした。地面は硬く凝り固まり、あちこちひび割れています。トビーはどうなったのだろうと、ちいちゃんはあたりを見回しました。ひび割れだらけの大地には、トビーどころか、何も見当たりません。草木も花も、家も何もない平らな地面がひたすらにあるだけです。
 ここは一体どこなのだろう、トビーはどこへ行ってしまったのだろう。今いる場所がどこなのかもわからないのでは、ドラゴンに会いに行くどころではありません。地図はトビーが持っているのです。トビーとはぐれてしまってひとりきりになったちいちゃんは急に怖くなってきました。
 たまらずにちいちゃんは涙ぐみました。目にたまった涙はたちまちあふれ、頬を流れていきます。ちいちゃんは声をあげて泣き始めました。 
 わーん、わーん。泣き続けるちいちゃんの目からあふれた涙はちいちゃんの足元に水たまりを作りました。
「あれ? 水が戻ってきたのかと思ったら、ちがうのね」
 泣いているちいちゃんの足元で声がしました。ひび割れの隙間から大きな目が二つのぞいてみえます。ちいちゃんはかがみこんで、大きな目にむかって話しかけました。
「そこにいるのは誰? 教えてちょうだい、ここは一体どこなの?」
「あなたは……人間の女の子ね? どうして人間の女の子がここに?」
 靴下がなくなり続けて困っていたこと、なくなった靴下はひょっとしたら洗濯機の中にあるのではないかと探していたら、こちらの世界に来てしまったと、ちいちゃんは話して聞かせました。いつの間にか、ひび割れの隙間からはたくさんの目がのぞいて、ちいちゃんの話に聞き入っていました。
「それで、靴下は見つかったの?」
「見つかったわ。雪なんか降らなかった世界に雪が降るようになってしまって、寒がりの小人たちが靴下を手袋やマフラーがわりに取っていたのよ。靴下を取られると困るから、雪を降らせているドラゴンに『もう雪は降らせないでください』ってお願いしに行くところだったのに、洗濯機が回り始めて、一緒にいたトビーと離れ離れになってしまったの。ねえ、誰か、トビーを見なかった?」
 ちいちゃんの問いかけに誰も「見た」とは答えてくれませんでした。ちいちゃんの目からふたたび涙があふれてきました。
「泣かないで、人間の女の子」
 ひび割れの隙間から姿を現したのは虹色に輝くお魚でした。シャ・ボンと名乗ったそのお魚は、ちいちゃんの足元に出来た涙の水たまりに体をひたしていました。
「きっと、そのトビーもあなたのことを心配して探しているはずよ。一緒にトビーを探してあげたいところだけど、私たち、水がない場所にはいけないから」
「ありがとう。もしかしたら、ドラゴンのいる山へ行けばトビーに会えるかもしれない。私たちはドラゴンに会いに行く途中だったんだから。ねえ、シャ・ボン。ドラゴンのいる山がどこなのか、教えてくれない?」
「いいけど、本当にドラゴンに会いに行くの? だってドラゴンはとても怖いのよ。ドラゴンが北の山に住み着いてから、この世界から水が消えてなくなってしまったの。それまでは、ここは豊かな水の世界だったわ。水が干上がってしまってからというもの、私たちは地面の底に隠れている。そこにはまだ水が残っているから。さっきあなたの涙が流れてきて、てっきり水が戻ってきたのかと思ったの」
 消えつつある水たまりで苦しそうにし始めたシャ・ボンを、ちいちゃんはひび割れに戻してあげました。ちゃぽん、と水の弾ける音がしました。ひび割れの底には、シャ・ボンのように残り少ない水で生きている魚たちがいるのでしょう。
 雪のなかった世界に雪を降らせたり、水の世界から水を奪ったり、ドラゴンはとても意地悪なようです。意地悪なことをしてはいけないとお母さんはよくちいちゃんに言います。ドラゴンにも「意地悪なことをしてはいけない」と言わないといけないようです。
 ちいちゃんは気持ちを奮い立たせました。トビーとシャ・ボンのためにもドラゴンに会わなければ。
「私、ドラゴンに会って、水を戻してくださいとお願いしてくる」
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