共生科学
文字数 2,969文字
共生科学を学び始めるに当たり、「自己理解」「他者理解」「社会理解」「自然(環境)理解」「共生をどうとらえるか」「共生社会をどうとらえるか」「共生科学をどうとらえるか」「課題設定(自己)」というテーマに対して、各キーワードを考察した。「共生」及び「共生科学」に関する資料としては、共生科学部・共生科学科を設置した星槎大学の「建学の精神」「教育の基本理念」などの文書と、本学の先輩方による「福祉」「教育」「特別支援」「国際」「環境」「スポーツ」各分野の研究論文が提示された。
筆者の専攻(國學院大学・法政大学)である地理学では、「環境」に対する膨大な研究史が存在する(朝倉書店『地理学概論』2015)。また、理科教育における「共生」の用法としては、好気性細菌がミトコンドリアの、シアノバクテリア(藍藻)が葉緑体の起源であり、生物の真核細胞に共生しているという「細胞内共生説」が挙げられる(J-出版『高卒認定ワークブック生物基礎』2013)。
5月18日(土)、星槎大学の新教育課程に基づく「共生入門」演習が開催され、帯広(天野教授)・浜松(鬼頭学部長)など日本全国の校舎・会場が相互に中継放送された。筆者が参加した横浜事務局(青葉区・横浜国際福祉専門学校)には、私を含む7人の学生と、複数名の教職員が集結した。天野教授の司会で「アイスブレーク」と呼ばれる円陣の挨拶を経て、鬼頭学部長から「共生」に関する基調講演があり、北海道のクマ、下北半島のサル、兵庫県のコウノトリ(ツル)、利根川・筑紫川と共に暴れ川(洪水)で知られる「四国三郎」吉野川の流域である徳島(阿波)など、自然環境の事例を挙げながら、「他者」という存在と向き合う課題が提示された。
本演習は「対話」を非常に重視しており、「共生についてどう考えるか/共生とは何か」をテーマに、班によるグループ対話が実施された。横浜校舎では、筆者を含む4人の班と、3人の班が編成されたが、少人数の会場では、他会場とインターネット接続したオンライン議論も用意された。私達の班では、身近なペットや野生動物の話題から始まり、異なる食文化との共生(ムスリムや留学生に対する給食など)にまで議論が広がり、筆者はその概要を、カメラ・マイクで他会場にも報告した。一方、帯広からは「ゲームとの共生」、名古屋からは「相手を認める集団行動」、沖縄の高校生からは「社会的環境における身体の健康」といったテーマが示された。その後、対話した共生議論をプレゼンテーションとして発表するべく、各班で企画・調査・発表準備に着手した。
私達の班では、乳幼児の子育て支援や、「障害(碍・がい)者」という言葉の是非、高齢(化)社会における介護など、福祉・特別支援を専攻されている学生が多かった。そこで、これを「地域における福祉」「発達障害」「人権の尊重」という三つの観点で捉え、それぞれのテーマを探究されているTさん・Uさん・Fさんの三者各氏に分担して頂き、地理学に関心を抱く筆者は「自然環境との共生」を担当する事になった。そして議論の結果、相手が「人」であれ「自然」であれ、共生の実現には「相手を知り、受け入れることが大切!」という共通の認識を得るに至った(写真参照)。但し、5分という限られた時間で発表するには、内容・表現方法が長大だったかも知れない。この議論・発表・質疑の中で、「自然環境は人間に比べ、身近な存在として『意識』するのが難しい」「他の先生への口出しがタブーとされる『担任王国』が、他者に対する無関心の一因になっている」などの論点も浮上した。もう一つの班(3名)は、「異質」な対象が可視化され易い現代社会において、性別・人種・民族・イジメなどの差別問題が発生している事や、環境問題を「目に見える問題(森林破壊など)」と「見えづらい問題(公害など)」に分類し、更に「自然と共生している先住民・動物との問題」を指摘し、大人に広く認知(意識付け)を拡大する事で、皆が「活かされる社会」の構築を主張された。専任教員からは、人と人は「ぶつかる」事が多く、その前提で共生を考えるという提案があった。
2班の発表後、舞台は横浜校を越えて、各会場の「班立候補」による、全国的な議論へと展開した。横浜からの私達の発表に対しては、「『自然との共生』は、『人との共生』に比べ『受け入れる』という対応が困難」とのご指摘を頂いた。これは「共生を排除する他者との共生」という命題に通ずる。他会場からの発表では、「沖縄におけるハブとの共生(ハブ酒文化など)」「ゲーム(Eスポーツ)を通した他者との交流」「動画配信サービスの利便性と実際の制作・活用例」「いじめ被害者に寄り添った支援」「共生と個性(『ありのまま』を認める受け皿)」といったテーマが議論された。筆者は「ゲームを『スポーツ』と呼称する事の是非・理由」「イジメに対する学校教諭の責任」について発言させて頂き、前者に関しては、複数の専任教員からgame及びsportsの多様な用法についてご教示を頂いた。後者などは「共生のための教育」に通ずる問題である。
プレゼン終了後、個人・各班で省察の時間が設けられたが、私自身に関して言えば、短時間で多くの情報を伝達しようとすると、やや早口になり易い癖があるかも知れない。また、「共生のために私達が持つべき『余裕』とは、いかなる余裕か?」「自然を共生すべき『他者』として実感する」など当日の議題は尽きなかったし、現に本稿も紙幅を超過しているので、より発展的なテーマについては、本稿に続く展望計画レポートや、今後の共生科学・星槎学に関する執筆、共生研究論文制作などの機会に譲る。最後に、鬼頭学部長から「自分の身体も、自己の意識とは別に存在する他者であり、自己理解も他者理解に通ずる」「単純明快な正答がない問題に、自他の多様な人々(教員同士の意見が異なる場合もある)が対話・議論して探究し続けるのが共生科学」といった総評があった。なお、筆者が当日に持参・活用した主要な参考文献は下記の通り。
◆ 浦和市立郷土博物館 編集『見沼 その歴史と文化』(さきたま出版会2000)
◆ 吉田敏弘『絵図と景観が語る骨寺村の歴史 中世の風景が残る村とその魅力』(本の森2008)
◆ 島崎 晋『徹底図解 世界の宗教』(新星出版社2010)
◆ 山脇直司 編『共生科学概説 共生社会の構築のために 教育・福祉・国際・スポーツ』(星槎大学出版会2019)
◆ 教務部職員『共生入門テキスト』(星槎大学2019)
