時代は変わる

文字数 1,437文字

 平成
 この呪われた時代
 字面に似つかわしくも現出した
 いとも平面的な煉獄

 殺戮と災害による死はいつの時代にもあった
 明治にもあり
 大正にもあり
 昭和にもあった
 そして平成は
 それらの先達に倣って
 殺戮と災害で自分を飾りたてた
 呪いはありふれたものだった
 いつの時代も死を担う当事者だけが悲惨だった
 他人事のような冷めた口ぶりで
 ことさらに自らの生まれた時代を特権化するいわれはなかった
 それでも囁きはこだました
 平成
 この呪われた時代
 と

 明治は遠くなりにけりと
 俳人が挽歌を奏でても
 明治を生き続けた人間はいただろう
 平成の御世にも
 昭和にまみれたまま死んだ人間は
 数えきれないほどいたはずだ
 わたしは自分が平成を引きずったまま死ぬ姿を
 他人事のように凝視することができた
 卜者による夢占
 統計による推測
 それらに不信を抱いたとしても
 この未来視には信を置けた
 わたしの死は手に触れられる未来だった

 たかが元号ではないかと
 片隅でつぶやく声が聞こえる
 それはまったくの真実だった
 赤子や子猫に元号を尋ねても
 笑われるだけだろう
 所詮は人間の定めた決めごとのかけら
 書類に記入される空疎な記号
 平成に生まれた火星人は
 八千万キロ離れていても平成人なのか
 火星人に元号を尋ねると
 どんな答えが返ってくるのか

 だがわたしは人間の決めごとに左右されながら生きてきたし
 真実だけで生きられたためしはない
 望んだわけではないにしろ
 いくつかの決めごとは内面化され
 べとついた腺毛のようにこころに繁茂していた
 平成はとりわけべとついており
 吹き払うのは困難だった

 気骨ある明治人
 洒落っ気のある大正人
 貧しいけれど輝いていた昭和人
 紋切型に
 ひとかけらでも真実があるのだとしたら
 平成人に与えられる紋切型は
 それらの反語となるのだろうか
 気骨ない平成人
 洒落っ気のない平成人
 豊かだけれどくすんでいた平成人
 つまるところ平成人は
 うつろなる人間だと
 紋切型を愛する人々は
 安心してわたしたちの化石を通りすぎるだろう

 真実だけで生きられる時代はいつか来るのか
 その時代に殺戮と災害はないのか
 その時代の人間はまだ人間の形をしているのか
 わたしは明治に生まれたかったとも
 大正に生まれたかったとも
 昭和に生まれたかったとも思わない
 それらの時代もまたそれぞれに呪われているのだから
 暗い人間はいつも自らの時代に呪詛をぶつけるものだから
 平成に生まれたかったと
 いとけない子どもが口にしたとしたら
 わたしは大人げない仏頂面で
 じろりと冷たい眼を向けるだけだろう
 その子どももまた
 わたしのうかがい知れない呪いを課せられていた

 時代は変わる
 呪いの解ける日が一歩近づく
 それは儚い希望なのか
 無価値な空手形なのか
 二十世紀までもを覆った
 病的な進歩史観が用いた撒き餌でしかないのか
 時代は変わる
 呪いの解ける日が一歩近づく
 それが真実になる時は来ないのか
 人間はこのまま変わらないのか
 古代から連綿と続く
 殺戮と災害を反芻するだけの存在でしかないのか

 平成を引きずったまま死ぬわたしを凝視しながら
 わたしは殺戮と災害を呪い
 とりわけ前者の消滅を願いながら
 わたしの死ぬ未来へと近づいていった
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