第2話

文字数 1,336文字


 人は、周囲の環境がどんなに変わろうと、自分たちの生活や慣習を後世に遺したがる。数年前、太陽光を避けるために地下での生活を余儀なくされてから、私たちの生活環境は大きく変わった。太陽から遮断された地下都市では、もはや朝と夜といった時間の流れ、春から夏、秋、冬といった季節の移り変わりとは関わりを持たないように思われた。それでも驚くことに、人は時計通り、カレンダー通りに動いた。人が時間に則って動こうとすることで、周囲の環境もそのように動かされた。幾億もの有機LEDで造られた人工の太陽は、夜の時間帯になると消灯され、朝が来るとまた灯される。さらに、春の時期には室内向けに遺伝子を組み替えられた花が咲き、夏は人工太陽がより強い光を放ち、秋には人工の月が満ちて欠ける。そして、今は冬。空の灯は早々に消され、氷を削ったであろう雪が降り、どこからか北風のように冷たいものが吹き込む。私は、心臓が縮こまるほどの寒さに震えていた。
 寒い。そう、私が何を言いたいのかというと、寒いのだ。折角、地下での生活をしているのだから、いくらでも快適な気候にできるはずだ。それなのに、多数の人間はこれまで通り、冬の時期になると寒くなるということを望んだ。このような望みは私からすれば可笑しいものだが、それにしたって今日は寒すぎる。私は凍りついた黒い空を睨みつけた。
「窓井くん……窓井くんっ」
 後方から笑いを含んだような声がした。振り向くと、なぜか出会い頭から満面の笑みを浮かべた君がいた。君は私の顔を見るなり、耐えきれずに声を上げて笑った。
「香川君、落ち着きなさい。何がそんなに可笑しい」
 腹を捩らせるほどに笑う君が、広場の巨大なツリーの前で待ち合わせをする人々の注目の的となっている気がして、君の爆笑を静止させようと試みた。だが、それでも周囲の人間は私たちの方を見てくる。どうやら、彼らの焦点は最初から私の方にあったようだ。咳き込んだ息を白くさせながら、君は私の姿を頭から爪先までじっくりと見つくした。
「窓井くん。どうしたの、その格好。もしかして、私がサンタになってって言ったから?」
 私は俯いて自分の服を確認すると、黙ったまま頷いた。この日の私は赤いコートにズボン、ブーツ、とんがり帽子。そして特注の丸眼鏡に、テープでつけただけの白い髭。そう、サンタクロースのいでたちだった。そして、今日というクリスマスの日に、こんな浮かれた服装をしているのは、君にサンタクロースになってほしいと言われたからに違いなかった。しかし、君には笑われ、周囲からは噂される。それが不服で、しばらく口も聞かずに俯いていた。君は見かねたのか、握りしめていた私の片方の手を取って、するりと指を組んだ。冷え切った細い指の感触が、手袋をしていても伝わってくる。
「そっか、ありがとう。……素直だねぇ、あなたは」
 爆笑の涙を浮かべていた君が、今度は静かに笑った。ーーーそうか、なるほどね。そう捉えたのね。ーーー頭を私の肩に寄せた君は、一人呟く。何と言っているのかよく聞き取れなかったのだが、なぜだか残念がっているような、寂しがっているような語気を含んでいた。私は腕をもっと寄せると、新品の赤コートのポケットに二人分の手を入れ込んだ。
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