第3話

文字数 5,809文字

 季節(きせつ)は、(ふゆ)

 (ゆき)がちらちらと()庭園(ていえん)()える縁側(えんがわ)でずっと(ひざ)(かか)えていると、(さむ)さに(つよ)いぼくでも、手足(てあし)(こご)えてくる。

 はぁー、と()()になった指先(ゆびさき)(いき)であたためて、からだをきゅうっ、と(まる)めた。


 (まゆ)をはの()にして、ここからは(すこ)(はな)れたところにあるシロ様のお部屋(へや)()つめる。


 いつもは、ずっとふたりでいられるお部屋(へや)。でも、今日(きょう)は『だめ』なんだ。


 今晩(こんばん)は、『満月(まんげつ)』だから。



✿✿✿✿✿



 シロ様は王子様(おうじさま)だからか、もののけのちから――妖力(ようりょく)――がすごく(つよ)い。

 妖力(ようりょく)って、お月様(つきさま)(ちから)にものすごく影響(えいきょう)()けやすい。


 普通(ふつう)なら、満月(まんげつ)だととっても体調(たいちょう)がよくなるのだけれど、シロ様の妖力(ようりょく)は、あまりに『(つよ)すぎ』て。


 満月(まんげつ)()は、(ほか)のもののけの妖力(ようりょく)や『(けが)れ』を敏感(びんかん)に感じとりすぎてしまって、よく(ねつ)()してしまう。


 (いま)寝込(ねこ)んでしまっているシロ様のお部屋(へや)には、お医者様(いしゃさま)と、特別(とくべつ)(みと)められたひとしか(はい)れない。

 あと、ぼくにはもうひとつ、(はい)っちゃ『だめ』な『理由(りゆう)』があるんだ。



 『よそもの』のぼくは、「けがらわしい」んだって。鬼の国の(えら)いひとたちが()っていた。……だから、「だめ」。

 でも、クレナイ様だけは、「むしろあの(いぬ)っころを部屋(へや)へぶち()んだほうが、シロは元気(げんき)になるんじゃないか? ああでも、いろいろトんでるだろうから、(いぬ)っころのが危険(キケン)かな……」って()ってくれていたって、コガネ様が(おし)えてくれた。なにが危険(きけん)なのかぼくにはよく理解(りかい)できないけれど、やっぱりクレナイ様はきっと、(やさ)しいひと、なんだと(おも)う。シロ様が(こい)をするのもわかってしまう。


 あっ、えと、コガネ様っていうのは――……。



✿✿✿✿✿



「じゃあ、お大事(だいじ)にしなさいよ〜」


 (うわさ)をすれば、独特(どくとく)(あま)やかさのある(しぶ)(こえ)とともに、(おお)きくてたくましいからだのオスの鬼が、シロ様のお部屋(へや)から()てきた。


「コガネ様!」

 このひとが、コガネ様。鬼の国一番(いちばん)のお医者様(いしゃさま)で、いつもたくさんの鬼たちを、けがや病気(びょうき)から(たす)けている。

 金色(きんいろ)(かみ)をおかっぱに()りそろえていて、(くち)には()()(べに)。つややかな(むらさき)のドレスの(うえ)白衣(はくい)()こなす、とってもおしゃれなお(にい)さんだ。


「あら、クロちゃん! あったかいお部屋(へや)にいなさいって()ったでしょぉ、もう〜。こんなに(つめ)たくなって〜……」


 ()()っていたお医者様(いしゃさま)道具(どうぐ)がいっぱいつまった(かわ)のかばんを、さっと(よこ)()いて、とても(おお)きな()で、ぼくの両手(りょうて)をがしがしさすってくれる。お仕事柄(しごとがら)、お(みず)をいっぱい使(つか)うからだろう、その()のひらはすごくがさがさしていたけれど、(こころ)までぽかぽかするくらい、あたたかかった。


「ありがと、です。……ちょっとでも、シロ様の(ちか)くがよくて。あの、シロ様のお加減(かげん)、どうですか?」

「そうねぇ、やっぱり(すこ)(ねつ)はあるけど、今回(こんかい)大分楽(だいぶラク)だって(おっしゃ)ってたわ」


「よかった……、いや、えと、シロ様がほんの(すこ)しでも(くる)しいのは全然(ぜんぜん)よくない、ですけれど!」


「――本当(ほんとう)に、シロ様は(しあわ)(もの)ね」

「えっ、そんな……」

「あーあ、アタシもこんな(ふう)心配(しんぱい)してもらいたーい! セクボのイケメンだったら(なお)よし♡♡」


 たくましいからだをぎゅうう、とその(うで)(つつ)みこみ、くねくねするコガネ様。



 オスの鬼もメスの鬼もみんな、コガネ様のいないところで、そんなコガネ様のことを「みっともない」って『わらう』。ぼくはそれが(みみ)()びこんでくると、いつもしゅん、としてしまうんだ。だってぼくは、コガネ様はだれよりも――……。



✿✿✿✿✿



 そのまま5(ふん)くらい『アタシの理想(りそう)のイケメン(ろん)』っていうのを『熱弁(ねつべん)』してくれていただろうか、コガネ様は、はたと(われ)(かえ)る。


「あらやだ、アタシったらまたやっちゃったわ。ごめんねぇ、クロちゃん。こーんなムキムキしたおっさんの(ヘキ)トークなんて、気持(きも)(わる)いだけよねぇ……」

「そんな……!!」


 ぼくは、とっさに反論(はんろん)していた。


「むきむきとか、関係(かんけい)ない、です! コガネ様はいつもとってもきれいでおしゃれにしてるし、(やさ)しくて、『たおやか』で……だれよりも『おとめ』です!!」

「……!」


 コガネ様は()見開(みひら)く。ぼくは、ドレスと(おな)(いろ)の、そのきれいな(むらさき)(ひとみ)を、(つよ)(つよ)()つめかえす。だって本当(ほんとう)(おも)うんだ。コガネ様はだれよりも素敵(すてき)な『おとめ』だって。



「あーん、なんてカワイイの! ()べちゃいたい♡!!」

「そっ、それは(こま)るですっ」

 ぼくをがしっと(つか)んで、(あたま)をなでまわすコガネ様。やっぱり(ちから)(つよ)くて、ちょっと(くる)しい。


「そんなカワイイ()に、アタシからのプレゼント。はい、どうぞ♡♡」

「……?? これはなに、ですか?」


 コガネ様は、すぐ(よこ)にあった(かわ)のかばんの(なか)から、(しろ)いお洋服(ようふく)のようなものを()()して、ふふん、と得意(とくい)げにぼくへ(わた)してくれた。

白衣(はくい)よ、アタシたち医療担当(いりょうたんとう)の鬼が()てるのと(おんな)じ。(けが)れを(はら)(じゅつ)がかけてあるの。ちゃんとクロちゃんに()うサイズだし、尻尾(しっぽ)(あな)()けてあるのよ♪お風呂(ふろ)でも(はい)ってこれを()れば、(うえ)のオヤジどもも文句(もんく)なんて完全(かんぜん)()えなくなるでしょ! (まった)く、クロちゃんの(なに)がけがらわしいのかしら。あいつらこそ、あの()(くろ)なお(なか)綺麗(キレイ)(あら)って、出直(でなお)してほしいわ!!」

「あ、あはは……?」


 ぼくは手渡(てわた)された、(やさ)しい(かお)りのする白衣(はくい)をぎゅっと(にぎ)って、つぶやくように()く。

本当(ほんとう)本当(ほんとう)に、ありがとうです、コガネ様。でも……どうしてこんなに、ぼくに(やさ)しくしてくれる、ですか? ぼくは、『じゃまもの』、なのに……」

 おずおずしながら(たず)ねると、コガネ様は、ふふっ、と勝気(かちき)(わら)って、(おお)きなからだをぼくの耳によせ、ささやいた。

「『オトメ』ってね、(こい)する()応援(おうえん)したくなっちゃう()きものなのよ♡」

「……え」

 ぼくは()がまん(まる)になる。どうしてわかってしまったんだろう、ぼくのシロ様への気持(きも)ち。

「ち、(ちが)う、です、そういうのじゃなくて、ぼくは、あの」

「アタシは応援(おうえん)してるわよ? (だれ)かを大切(たいせつ)にしたいと(おも)った気持(きも)ちはそれごと、大切(たいせつ)にしてあげてね♪」

 (うし)()()をひらひらさせて、()ってゆくコガネ様。

 ぼくは(こころ)がくすぐったくなるくらいうれしくて。コガネ様が()えなくなるまで、(ふか)(ふか)く、お辞儀(じぎ)をした。



✿✿✿✿✿



 シロ様に病気(びょうき)をうつさないよう、お風呂(ふろ)でからだを隅々(すみずみ)まで、きれいに(あら)う。

 ぷるぷると全身(ぜんしん)(みず)をほろって、からだを()くのもそこそこに、(あたら)しい着物(きもの)(そで)(とお)そうとしたとき。

「……あれ、もしかして……?」

 ぼくはその名案(めいあん)に、()(かがや)かせた。



✿✿✿✿✿



「――ん……」

「ご、ごめんね。シロ様。そっとしたつもりだったんだけれど……」

 シロ様のおでこの()()ぬぐいを()えていたら、シロ様が()()ましてしまった。

「……クロ……? 別室(べっしつ)に、いるはずなのに……これは、(ゆめ)……?」

 シロ様は、まだちょっとぼんやりしているのか、()がとろんとうるんでいて、かわいい。

本当(ほんとう)に、本当(ほんとう)のぼくだよ! えと、コガネ様が白衣(はくい)(つく)ってくれたの! シロ様が、『(けが)れ』ない(じゅつ)もかけてくれて……!!」

「『(けが)れ』、なんて、あなたには……。……ああ、(うれ)しい。(たし)かにこれは、クロのぬくもり。あとで、コガネにお(れい)を……」

 ぼくの()(にぎ)ったシロ様は、ようやく意識(いしき)がはっきりしてきたみたいで、ぼくをそのお月様色(つきさまいろ)(ひとみ)に、はっきり(みと)める。

「……って、クロ!? びしょ()れじゃないですか!?」

 心底驚(しんそこおどろ)いた様子(ようす)で、お布団(ふとん)から()()きたシロ様に、ぼくは、そういえばそうだったなぁ、と、自分(じぶん)のからだを見返(みかえ)しながら(こた)えた。

「あっ、うん。(はや)くからだきれいにして、シロ様に()いたかったから! ()いてる時間(じかん)がもったいなくて……」

「そ、それは(うれ)しいですが……、っ!?! しかもクロ、そそ、その白衣(はくい)(した)素肌(すはだ)……、っ!!!?」

「うん! ぼくのばい(きん)で、シロ様が風邪(かぜ)()いちゃわないように! 『(けが)れ』を(はら)白衣(はくい)だけにしてみました! どやぁ、だよ!」

 ぼくは自慢(じまん)げに、()ちあがってくるっとその()(まわ)ってみせる。

「〜〜っ!!!?!!?」

 シロ様は、(くち)をぱくぱくさせて、(ふる)えだしてしまった。その()(きゅう)にスっと(した)()いたかと(おも)うと……。


「シロ様?」

「……すみません、クロ。ちょっといいですか」


 つぅっと(なみだ)(なが)し、ぼくに()かって、『合掌(がっしょう)』した。


「シシシ、シロ様!!? どうしたの!?」

「ありがたすぎて……」

「ありがたい?!?」

「いえ、こちらの(はなし)です……」


 ……? よくわからないけれど、シロ様、(かな)しかったのかな。からだが(くる)しいのに、ひとりぼっちでいなきゃいけないなんて、きっと、……つらくって、さびしい。


「シロ様……」

 お布団(ふとん)でからだを()こしていたシロ様に(ひざまず)いて、そのすべすべの(ほお)を、(やさ)しくなでる。


「もう、『孤独(こどく)』、じゃないよ」

「……――」


 シロ様は、せきを()ったように、ぎゅっとぼくを()きしめた。そして(すこ)しすると、からだを(はな)してぼくの()()つめる。

 その(かお)は、すごく(せつ)なそうで、あたたかかった。


「……クロ。そうまでして、私の(そば)にいてくれようとした気持(きも)ち、とてもとても(うれ)しかった。でもね、どうか(からだ)をきちんと(かわ)かして、着物(きもの)(ととの)えてきてください。このままではあなたが、風邪(かぜ)()いてしまう」

「でも、その(あいだ)、シロ様がひとりぼっちになっちゃう」

大丈夫(だいじょうぶ)。私はその(スキ)に、(たたみ)にでも(あたま)()ちつけて、心頭滅却(しんとうめっきゃく)していますから……」

「シロ様、()()いて! それは『(ひか)えめに()って奇行(きこう)』だよ?!」

 ぼくは、シロ様が(あたま)()ちつけはじめる(まえ)に、あわてて()ちあがる。

「えと、すぐ着替(きが)えてくるから! いい()()ててね、シロ様!!」

「クロ!」

「?」

「……ありがとう」

 シロ様がへにゃっと、(やわ)らかく(わら)った。

「……うん! これからはもっともっと、ずっと一緒(いっしょ)だよ、シロ様!!」

 ぼくはシロ様の胸に()()み、(ほお)ずりしたい気持(きも)ちを(おさ)えて、()けだした。



✿✿✿✿✿



【おまけ】


 後日(ごじつ)執務室(しつむしつ)には。

 全快(ぜんかい)()たし、わなわなと(ふる)えつつ、以下(いか)のように力説(りきせつ)するシロと。

()れそぼった(からだ)白衣(はくい)だけとか!! ()(ぜん)かと(おも)ったわ!! (ほとばし)らせるのを(なみだ)だけにとどめた私は(えら)すぎるよな、クレナイ〜!?!」

「はいはい、エラいな。ほんとエラいから仕事(しごと)しろ」

 相変(あいか)わらず淡々(たんたん)書類(しょるい)をこなす、クレナイがいたそうな。




【終】

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登場人物紹介

クロ


 弱っているところをシロに拾われた、オオカミのもののけ。

 シロがだいすき。意外と大人だったりする。

シロ


 鬼の国の王子。

 一見穏やかで、柔らかな物腰の紳士だが、内心ではクロをはちゃめちゃに想っている。

クレナイ


 鬼の国の官僚。

 正直、クロを構ってみたいし、シロにはガチで引いている。

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