第4話 朽木桜斎は高円寺のハードロック・カフェで油を売る

文字数 1,395文字

桜斎(おうさい)がいなくなったな。やっとのことで行ったか?」

 御方様(おんかたさま)のお(いか)りが、なんとか(しず)まってきたようでございます。

 ああ、よかった。

 まあ、実は……

 あのウツロ少年のところへ行ったと思わせておいて、高円寺のハードロック・カフェで、のんきにティー・ブレイクなどしているのでございますが。

 うーん、このアメリカン・ステーキ最高。

 血の(したた)るようなレア感ですね。

 BGMは人間椅子の最新アルバム。

 冬にはライブに行かなくては。

 でかいホールですしね。

「御方様~、遊びにきたよ~」

「おお、鬼熊童子(おにくまどうじ)か。そうだお前、桜斎を見かけなかったか?」

「桜斎先生なら、高円寺のハードロック・カフェ『ナサニエル』で、レア・ステーキを食べながら、人間椅子の最新アルバムを聴いてましたよ~」

「なにいっ!?」

 ぶふうっ!

 見られてた!?

 しかし鬼熊さん、そんな写真に()ったような詳細(しょうさい)を、話さなくてもいいではありませんか!

「すっご~く、充実した顔でしたね~。御方様といるときとは、まるで別人みたいで――」

「鬼熊あっ! ただちにその、なんとかという喫茶店ごと、桜斎を始末しろっ!」

「え~っ、いいんですか~? 桜斎さんは、御方様の手足みたいな人で――」

「もう知らんわ! 鬼熊っ! そこの御影石(みかげいし)を、叩きこんでやれっ!」

「え~、そ~お? うん、わかりましたよ~」

 あらら、鬼熊さん、何を……

 あんな山みたいな巨岩(きょがん)軽々(かるがる)と……

 いくら怪力無双(かいりきむそう)だからって、子どものナリでそんなことしたら、エヅラ的に……

「ほいっ」

 ぎゃあああっ!

 飛んでくるうううっ!

 でっかい岩があああああっ!

「オウサイちゃん、ギョーザのネギ、多めにしといたわよ~」

「オバちゃん、逃げるのです!」

「まあ! ついにその気になってくれたの~!?」

「いや、そうじゃなくて!」

「ガサツなうちの亭主より、あんたのほうがいいわ~! 若いし、顔もけっこういいしね!」

「いや、だから、そういう話じゃなくてね――」

「ああ、もう! わたし、ガマンできなあああああい!」

「ぎゃあ、こら! 来るんじゃねえ、ババア――あ」

 かくして、ああ、昭和にオープンした老舗ハードロック・カフェ「ナサニエル」は、このようにあっけなく、巨岩の下に沈んだのでございます。

「ふん、いい気味だ」

「あはは~、先生ってば、『石ころ』の下敷きになっちゃったー!」

 人間の作りだすものなど、どれほどもろいものであるか。

 みなさん、よくおわかりいただけたことでしょう。

「げほ、げほっ……ふう、本気で死ぬかと思った――」

「オウサイちゃ~ん……」

「ひえっ!?」

「わたしをずっと、だましていたのね~?」

「ちがっ、オバちゃん! そういうことじゃなくてね――」

「乙女の心を踏みにじってからに……おのれえええええっ、こうしてくれるわああああっ!」

「ひぎゃあああああっ!」

 みなさん、「認識の不一致」とは、いたるところにあるのでございます。

 どうかみなさんも、くれぐれもご注意ください。

 それにしてもこのオバちゃんは、御方様よりおそろしいですね!

 まったく、いい年をして……

「聞こえてるわよ、この、人でなしいいいいいっ!」

「あひゃあああああっ!」

 負けません、わたしは負けませんよ、みなさん!

 絶対にあのバカ桜より、偉くなってやるんですから!

 そのときまではなんのその、がんばルンバ!

 どうでもいいけど、わたしは「人」ではないんですけれどね……
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