第8話

文字数 1,785文字

 何時間経過しただろう。森内はヘルメット内の時刻表示に目をやった。15時ということは、かれこれ三時間近く浅井を捜索していることになる。

 最初のような「空振り」は、あれから7,8回続いた。簡素な椅子に押し付けられた尻の痛みも、慢性化しつつある。比嘉の独り言さえ出なくなり、船内はすでに沈鬱な空気で満たされていた。

「浅井さんが見つかりました」
 
 これを聞いて、森内は慌てて態勢を整えた。外崎の声だった。
 上にいる比嘉も吃驚(きっきょう)した様子で言い放った。

「どこにいました」「レイヤー45の85番旧坑道です。今、私含めて捜索隊三人が彼のもとについています」
「了解です。すぐ行きます」

 ポッドがそれまでいた穴ぐらから主立坑へ飛び出すと、横方向に強いGがはたらいた。
 森内は体を持っていかれないよう、座ったまま両足に力を込める。しかし、比嘉はそういった抗い難い慣性力をものともせず、一人ぼつりとつぶやいた。
「結構上だな。あいつ、そんなところで何やってんだ」

 焼けつく岩窟内部では、見慣れない色の耐熱スーツを着た作業員らが、気だるい様子で徘徊している。

 森内らのポッドが通ると黒いヘルメットの顔を上げ、通り過ぎるまでじっとその軌跡を見送っていた。

 彼らと目が合っているわけではないことは森内はわかっていた。しかし、その部外者を突き殺そうとする視線の束を気にしないようとしても無理であった。

 マグマでも噴き出してきそうな旧坑道の酷熱は、映像を通してもありありと伝わった。
 作業員の密度も薄くなり、切羽(せっぱ)と呼ばれる坑道最奥まで来ると、四人の人影が見えてきた。

 三人は薄緑のスーツを着た日双鉱業の社員。そしてもう一人は、紺色のスーツに身を包み、うなだれるようにして立つ男。ひょろ長い体躯は、いつもよりも一層縮こまっているように見える。ヘルメットをかぶっているが間違いない、浅井だ。

 ポッドは四人の前でおもむろに停止した。
「おい、浅井」比嘉が怒りをこめた口調で呼びかけた。ついにセッションに浅井が加わったが、ヘルメットに収まった暗い表情は周囲の闇に溶け込んでよく見えない。

「お前、ふざけんなよ。勝手なことすんなって、いつも言ってるだろ」比嘉の叱責が続く。森内の胸にも言いたいことが山ほどあった。しかしそれは比嘉の剣幕に押しとどめられ、森内の口から出ることはついになかった。

「お前、何か持ってるな」比嘉がそう言い、森内も浅井の手元をよく見てみた。確かに浅井はレンガ大の石の塊を大事そうに両手で抱えている。

「浅井、手に持ってるものを下ろせ。お前のものじゃないんだ」
 比嘉に言われても浅井は素直に応じず、しばらく直立した姿勢を崩さずにいた。しかし、思い直したのか、それとも観念したのか、やがてその岩石をおそるおそる足元に置いた。

「森内、あいつが持ってた石の上まで行くから、何なのか詳しく確認してくれないか」「了解です」

 ポッドが再び水平に動き出し、石の数メートル真上で止まった。浅井と三人の日双社員は、ポッドのプラズマジェットを浴びないよう、揃って後ろ向きに数歩下がった。

 さて、何だ?一人の作業員の心をここまで惑わせたものは。

 ひとまず浅井の無事を知った今、森内にとってもまるで、待ちわびた贈り物の包みでも解く心持ちがした。

 思考よりも手が先に動いた。森内は床のブラインドを素早く開けると、ヘルメットをガラスに押し当てて、下を覗き込んだ。

 ほんのりと全体が薄黄色の光を帯びている。表面には気泡がはじけた跡のような大小様々の凹凸。半面には暗い影が落ちていて、その境界は曖昧な線をなしている。

 待て、周囲にあるはずの岩肌はどこへいった?まるで一切を取り除いたような暗闇に、それ自身が輝きをまといながら浮かび上がっていて。
 これは───「月!」

 森内が言った途端、どっと笑い声があがった。グループセッションにはいつの間にか、黒池、大川らが参加している。よく見ると、外崎、そしてジャメルまでいる。

 ふいに立体映像が消え、室内は真っ暗になった。階上からはいかにも愉快そうな比嘉の両手を打ち鳴らす音、さらにスピーカーからは浅井を含めた六人の笑い続けるどよめきが響く。

 森内は事態を飲み込めず、しばらく床に正座したまま唖然としていた。
「そうだよ、森内。月だよ」比嘉がようやく笑いを抑えて言った。「俺たちは月に来たんだよ」
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