最終話【後編】

文字数 5,444文字

「シロさ、ま……どうして……」

「その、足飾(あしかざ)り。(まん)(いち)、クロが迷子(まいご)になっても(さが)せるように……場所(ばしょ)辿(たど)れる(じゅつ)をかけていたんです」

「あ……」

 足飾(あしかざ)りを、()る。ぼくを(まも)るために、『ちから』を、『(おも)い』を、(つか)ってくれていたなんて。

 ()きそうになってシロ様に()()けると、シロ様は、へなへな、とその()(すわ)りこんでしまった。

「シロ様……っ!?」

 『異形(いぎょう)』への恐怖(きょうふ)で、まだもつれてしまう(あし)必死(ひっし)(うご)かして、シロ様のもとへ()けよる。

「だいじょう、」

「ばか!!」

「っ、え、」

「やっとの(おも)いで部屋(へや)(かえ)ってきたら、どうして私が突如(とつじょ)『クレナイとお(しあわ)せに』なんですか!!? なんで勝手(かって)にいなくなって、()べられかけてて、もう、(わけ)がわからなくて……っ。私の心臓(しんぞう)ツブす()ですか、クロのばかっっ!!」

「なっ……!?!」

 (あたま)()(しろ)になって、そのあと、かああっと、沸騰(ふっとう)したみたいになった。『ばか』なんて、(はじ)めてシロ様に()われた。ぼくはぼくなりに、精一杯考(せいいっぱいかんが)えたのに。だって、あんな状況(じょうきょう)、だれだって――。

「っ、『ばか』は、シロ様でしょう!? ()こえたもん、クレナイ様に〝(あい)しているから(おそ)いたい〟って!! ぼくがいたら、『じゃま』だもん!!」

「は? え、アレを、()い……??」

多分(たぶん)、ぼくの(みみ)じゃなくても()こえてたよ! もはや『(たましい)咆哮(ほうこう)』、だったもん!!」

 シロ様が、みるみる(あか)くなる。もういやだ、こんな、ほかのひとを(おも)ってかわいいシロ様、()たくない。また(なみだ)が、ぽろぽろあふれる。ぼくは、本当(ほんとう)に『いやな子』だ。

「『ばか』はシロ様だもん……っ、ばか、ばかぁ……」


 ()きじゃくるぼくのそばで、シロ様が、(ひざ)をつく気配(けはい)がする。

「……ごめんなさい、クロ。ひどいことを()いました。とりあえず、屋敷(やしき)(もど)りましょう。クレナイのことは誤解(ごかい)です。ちゃんと『真実(しんじつ)』を(はな)したい」

「ききたくない。……かえれ、ないもんっう、うぅ〜……!」

 ……もう『無理(むり)』だよ。『(かえ)資格(しかく)』なんてない。

 いやいや、となおも(くび)()ってごねつづけるぼくの(あたま)を、(こま)ったようになでるシロ様。

 それは、お(かあ)さんが大切(たいせつ)(あか)ちゃんをあやすような、うやうやしいもので。


「やだぁっ……!!」

 ぼくが『ほしい』のは、『それ』じゃなくて――。発作的(ほっさてき)に、シロ様の()をぱんっと(はら)いのけてしまっていた。

 ()見開(みひら)くシロ様。

 (こお)りついた()空気(くうき)が、(いた)いくらいに(はだ)()す。



「っ、あの、ちが、さわりかた、や、で……」

 はらはら、(なみだ)が、ぼくの(ほお)(つた)って、くちびるがわななく。(くる)しすぎて、(いま)上手(じょうず)説明(せつめい)なんてできなかった。

 『(ちが)う』の。『そう』じゃなくて。


「……クロ、」

「ごめんな、さい……っ。……あなたが、『(いと)しい』、から」

「!」


「あいしてるの、あいされたい……っ。そのふれかたじゃ、やなの……!」


 シロ様から、ぎりって、()()いしばるような(おと)()こえた。まっすぐ()られない。ただ、涙腺(るいせん)(こわ)れちゃったみたいに(なみだ)()まらなくて。


「ご、ごめん、なさ、っ、シロさ」

 ()いおわる(まえ)に、シロ様は。



 ぼくのくちびるを(うば)っていた。

「!?」


 びっくりするほど、(くち)(くち)づけに混乱(こんらん)する。『(むさぼ)られる』みたいな、キスだった。

 しばらくしてシロ様は、ぼくの(なか)(から)めていた(した)をぷはっと(はな)し、(いきお)いよく、ぼくを()(たお)した。


「――あれは全部(ぜんぶ)、あなたのことです!!」

「……え、っ」


「あなたのことばかり(かんが)えていた。いつも、(おか)したいとかそればっかり……っ。でも、()えるわけなくて。いつだって我慢(がまん)して、かっこつけて。よく、()られたくてっ、〜〜っ!!」

 シロ様も、()いていた。(かお)をくしゃくしゃにして、()どもみたいに。ぼくの(くび)すじに、シロ様の(なみだ)がぽたぽた、と(つた)った。


「私は、あなたが(おも)うような、『立派(りっぱ)』な(おとこ)じゃない……」

 あお()けなぼくの(むね)にもたれかかって、すすり()くシロ様。ぼくは、(こころ)(しん)じられないほどきゅうっとなって、()がつくと、シロ様の(うし)(あたま)()(まわ)し、(やさ)しくなでていた。でもそれは、ぼくにとっては、()どもをあやすような意味(いみ)ではなくて。

 ああ、やっぱりぼく、このひとのこと――。

「っ……く、ろ?」

「――シロ様は、かわいい、よ」

「……え」

「ぼくね、ずっと(おも)ってたよ。シロ様は、かっこいいけれど、かわいい。それがすごく『(いと)おしい』」

 (おどろ)いた様子(ようす)(かお)をあげたシロ様に、ぼくもおそろいの(あか)()れた目で、でもそのまま、にこっと(わら)う。

「でも、やっぱり全部(ぜんぶ)は『わからない』から……今日(きょう)、ちょっとだけ()れてうれしい」

「――……」

「ね、シロ様――ぼくだって、『立派(りっぱ)』じゃないこと、いっぱい(おも)ってる。あなたが、《《や》》じゃないなら、()ってほしいな……」

 鎖骨(さこつ)(うえ)にあったシロ様の()をとって、ちゅぅっ、と()う。(すこ)()ずかしかったけれど、『意図(いと)』が、(つた)わるように。



 シロ様は、へにゃっと、(せつ)なそうに(わら)った。

()が、(くる)いそう……」


 瞬間(しゅんかん)、くちびるが(ふか)(かさ)なり、シロ様の(なが)い、きれいな白色(しろいろ)(かみ)がさらり、とぼくの(ほお)()ちる。

 (しん)じられないくらい(しあわ)せで、()()ちる(よる)が、(はじ)まった。



✿✿✿✿✿



 翌朝(よくあさ)

 太陽(たいよう)がまぶしくて、自然(しぜん)あふれる(もり)は、『(はる)らんまん』だったけれど。(いま)はきれいな花々(はなばな)も、(とり)たちの()きとおるような歌声(うたごえ)も、(たの)しめる余裕(よゆう)なんてなかった。

大丈夫(だいじょうぶ)ですか? クロ」

「ふぁい……」

 まだ、からだががくがくしている。

 知識(ちしき)は(シロ様に(こい)をしてからがんばって調(しら)べたので)あったけれど、実際(じっさい)にだれかと『(むつ)みあう』のは(はじ)めてだったし、その……、昨晩(さくばん)のシロ様が、本当(ほんとう)に……、『すごかった』、から。


 ぞくぞくするほど(いろ)っぽくて、(はげ)しくて。

 (おも)()すと、また(かお)火照(ほて)って、()(まわ)ってくる。


 でもシロ様は、むしろ(まえ)よりもっと()()きしていて。(いま)もにこにこしながら、ぼくをお姫様(ひめさま)だっこして、お屋敷(やしき)まで(はこ)んでくれている。

「シロ様は、すごく元気(げんき)だね……?」


「私としては、あと()三日(さんにち)余裕(よゆう)でイけました♡♡」

「それ、『絶●』っていうんだよね!!? ご(ほん)()いてあった!!」


「ふふ。……『(おも)い』が、(かな)ったのですから」

「シロさ……」


「――さて、婚約式(こんやくしき)はいつにしましょうか、クロ?♡」

「ふえっ!?」


「この国は同性婚(どうせいこん)OKじゃないですか」

 (たし)かに、鬼の国はオス同士(どうし)でも、メス同士(どうし)でも結婚(けっこん)できる、とても素敵(すてき)なところだ。でも。

「そ、それは()ってるけれど! シロ様は『だめ』、でしょ……!?!」

「なぜ?」

 だって、だってシロ様は。

「シロ様は『王子様(おうじさま)』だもん!! ぼくだとどうがんばっても、(つぎ)王子様(おうじさま)()めないもん!!」

 わかっている。だれと(こい)をしてもシロ様は、最後(さいご)はメスと(むす)ばれて、『世継(よつ)ぎ』を(つく)らなくちゃいけない。(とく)に『よそもの』で『けがらわしい』ぼくは、(あい)してもらえただけで、うれしいって(おも)わなきゃ、『だめ』。

 シロ様は、そう(さけ)んで()きそうなぼくをしばらくきょとん、と()つめ、あっけらかんと()(はな)った。

(おし)えていませんでしたっけ? 鬼の国は、世襲制(せしゅうせい)じゃないですよ?」


「せしゅ……? 、じゃない……??」

「ええと、(おう)の子どもが代々(だいだい)、国を()必要(ひつよう)はないんです」

「……え。ええぇえぇええ!!?」

 ()が、(てん)になる。


「20(ねん)に1度開(どひら)かれる、『鬼の国天下一武道会(てんかいちぶどうかい)』の優勝者(ゆうしょうしゃ)が、その都度(つど)国を(おさ)めるしきたりです☆」

格闘(かくとう)ものかな!!?」

「ほぼ妖術(テクニック)でなんとかしたんですが……当時未成年(とうじみせいねん)だったので、(いま)だに『王子(おうじ)()びなんですよねー」←現在(げんざい)22(さい)

「ふえっ……ふぇえっ……??」

 (あたま)整理(せいり)()いつかなくて、よくわからない(こえ)()てしまう。


 シロ様は、そんなぼくを、一度(いちど)しゃがんで(ひざ)()せなおすと、ぼくの指先(ゆびさき)にくちびるをつけてささやいた。


「――()いとげる()のない(もの)を、あんなどろどろに(あい)したりしません♡」

「! ……あ、あの、それにぼくは」

「?」

「『よそもの』、で……」

「ああ、そんなこと」

 しどろもどろになるぼくに、シロ様はくすっと、『嗜虐的(しぎゃくてき)』に()んだ。


「私の『最愛(さいあい)』を(えら)権利(けんり)は、私だけのもの――異論(いろん)など(みと)めるものか。……ねえ、クロ。あなたの『(おも)い』さえ(たし)かに()るのなら。私の伴侶(ただひとり)に、なってくれますか?」

 シロ様は、ずるい。

 かわいかったり、(やさ)しかったり。(いま)はちょっと『(ため)す』ような(かお)をして、ぼくを上目遣(うわめづか)いに()つめている。

 でも、そんなシロ様を。

「〜〜もちろん、です!」

 ぼくはもう、どうしようもなく、(あい)してしまっているんだ。



✿✿✿✿✿



【おまけ】


 王家(おうけ)屋敷(やしき)(かえ)途中(とちゅう)

 シロはクロを(ふたた)び、お姫様(ひめさま)だっこしながら、なんの()なしに(たず)ねる。

「そういえば、()が国では17になるまで婚姻(こんいん)(むす)べませんが……クロはあと何年(なんねん)()てばいいのでしょう?」

「あっ、それなら大丈夫(だいじょうぶ)だよ!」

 クロは、極上(ごくじょう)笑顔(えがお)(こた)えた。

(ただ)しいのはわからないけれど、()まれてから(すく)なくとも、30(ねん)()ってると(おも)うから!」

「へぇー! そうなんですかー✿✿」


 その()シロは、無理(むり)をさせたクロを自室(じしつ)()かせ、(やさ)しく(くち)づけると、クレナイのもとまで()けてゆき、

「クレナイ、かくかくしかじかで……合法(ごうほう)どころか……年上(としうえ)だった……!」←22(さい)

総評(そうひょう)して『エエ……((ふるえ))?』って(かん)じだが、よかったな……」

 『やはり(かみ)(つく)りたもうた奇跡(きせき)だな……!?!』と()(かがや)かせ、クロのミラクルな(とうと)さを(かた)りたおしたという。


 一方(いっぽう)自身(じしん)(よわい)22のクレナイは、とりあえずお赤飯(せきはん)()き、『(いま)まで(いぬ)っころって()んですみませんでした……』と、後日(ごじつ)クロへ、(こし)垂直(すいちょく)()げるレベルの謝罪(しゃざい)をしたらしい。




✿✿✿おわり✿✿✿

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登場人物紹介

クロ


 弱っているところをシロに拾われた、オオカミのもののけ。

 シロがだいすき。意外と大人だったりする。

シロ


 鬼の国の王子。

 一見穏やかで、柔らかな物腰の紳士だが、内心ではクロをはちゃめちゃに想っている。

クレナイ


 鬼の国の官僚。

 正直、クロを構ってみたいし、シロにはガチで引いている。

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