「シロさ、ま……どうして……」
「その、足飾り。万が一、クロが迷子になっても捜せるように……場所を辿れる術をかけていたんです」
「あ……」
足飾りを、見る。ぼくを守るために、『ちから』を、『思い』を、遣ってくれていたなんて。
泣きそうになってシロ様に目を向けると、シロ様は、へなへな、とその場に座りこんでしまった。
「シロ様……っ!?」
『異形』への恐怖で、まだもつれてしまう足を必死に動かして、シロ様のもとへ駆けよる。
「だいじょう、」
「ばか!!」
「っ、え、」
「やっとの思いで部屋へ帰ってきたら、どうして私が突如『クレナイとお幸せに』なんですか!!? なんで勝手にいなくなって、食べられかけてて、もう、訳がわからなくて……っ。私の心臓ツブす気ですか、クロのばかっっ!!」
「なっ……!?!」
頭が真っ白になって、そのあと、かああっと、沸騰したみたいになった。『ばか』なんて、初めてシロ様に言われた。ぼくはぼくなりに、精一杯考えたのに。だって、あんな状況、だれだって――。
「っ、『ばか』は、シロ様でしょう!? 聞こえたもん、クレナイ様に〝愛しているから襲いたい〟って!! ぼくがいたら、『じゃま』だもん!!」
「は? え、アレを、聞い……??」
「多分、ぼくの耳じゃなくても聞こえてたよ! もはや『魂の咆哮』、だったもん!!」
シロ様が、みるみる赤くなる。もういやだ、こんな、ほかのひとを想ってかわいいシロ様、見たくない。また涙が、ぽろぽろあふれる。ぼくは、本当に『いやな子』だ。
「『ばか』はシロ様だもん……っ、ばか、ばかぁ……」
泣きじゃくるぼくのそばで、シロ様が、膝をつく気配がする。
「……ごめんなさい、クロ。ひどいことを言いました。とりあえず、屋敷へ戻りましょう。クレナイのことは誤解です。ちゃんと『真実』を話したい」
「ききたくない。……かえれ、ないもんっう、うぅ〜……!」
……もう『無理』だよ。『帰る資格』なんてない。
いやいや、となおも首を振ってごねつづけるぼくの頭を、困ったようになでるシロ様。
それは、お母さんが大切な赤ちゃんをあやすような、うやうやしいもので。
「やだぁっ……!!」
ぼくが『ほしい』のは、『それ』じゃなくて――。発作的に、シロ様の手をぱんっと払いのけてしまっていた。
目を見開くシロ様。
凍りついた場の空気が、痛いくらいに肌を刺す。
「っ、あの、ちが、さわりかた、や、で……」
はらはら、涙が、ぼくの頬を伝って、くちびるがわななく。苦しすぎて、今は上手に説明なんてできなかった。
『違う』の。『そう』じゃなくて。
「……クロ、」
「ごめんな、さい……っ。……あなたが、『愛しい』、から」
「!」
「あいしてるの、あいされたい……っ。そのふれかたじゃ、やなの……!」
シロ様から、ぎりって、歯を食いしばるような音が聞こえた。まっすぐ見られない。ただ、涙腺が壊れちゃったみたいに涙が止まらなくて。
「ご、ごめん、なさ、っ、シロさ」
言いおわる前に、シロ様は。
ぼくのくちびるを奪っていた。
「!?」
びっくりするほど、深い口づけに混乱する。『貪られる』みたいな、キスだった。
しばらくしてシロ様は、ぼくの中で絡めていた舌をぷはっと離し、勢いよく、ぼくを押し倒した。
「――あれは全部、あなたのことです!!」
「……え、っ」
「あなたのことばかり考えていた。いつも、犯したいとかそればっかり……っ。でも、言えるわけなくて。いつだって我慢して、かっこつけて。よく、見られたくてっ、〜〜っ!!」
シロ様も、泣いていた。顔をくしゃくしゃにして、子どもみたいに。ぼくの首すじに、シロ様の涙がぽたぽた、と伝った。
「私は、あなたが思うような、『立派』な男じゃない……」
あお向けなぼくの胸にもたれかかって、すすり泣くシロ様。ぼくは、心が信じられないほどきゅうっとなって、気がつくと、シロ様の後ろ頭に手を回し、優しくなでていた。でもそれは、ぼくにとっては、子どもをあやすような意味ではなくて。
ああ、やっぱりぼく、このひとのこと――。
「っ……く、ろ?」
「――シロ様は、かわいい、よ」
「……え」
「ぼくね、ずっと思ってたよ。シロ様は、かっこいいけれど、かわいい。それがすごく『愛おしい』」
驚いた様子で顔をあげたシロ様に、ぼくもおそろいの赤く腫れた目で、でもそのまま、にこっと笑う。
「でも、やっぱり全部は『わからない』から……今日、ちょっとだけ知れてうれしい」
「――……」
「ね、シロ様――ぼくだって、『立派』じゃないこと、いっぱい思ってる。あなたが、《《や》》じゃないなら、知ってほしいな……」
鎖骨の上にあったシロ様の手をとって、ちゅぅっ、と吸う。少し恥ずかしかったけれど、『意図』が、伝わるように。
シロ様は、へにゃっと、切なそうに笑った。
「気が、狂いそう……」
瞬間、くちびるが深く重なり、シロ様の長い、きれいな白色の髪がさらり、とぼくの頬に落ちる。
信じられないくらい幸せで、満ち満ちる夜が、始まった。
✿✿✿✿✿
翌朝。
太陽がまぶしくて、自然あふれる森は、『春らんまん』だったけれど。今はきれいな花々も、鳥たちの透きとおるような歌声も、楽しめる余裕なんてなかった。
「大丈夫ですか? クロ」
「ふぁい……」
まだ、からだががくがくしている。
知識は(シロ様に恋をしてからがんばって調べたので)あったけれど、実際にだれかと『睦みあう』のは初めてだったし、その……、昨晩のシロ様が、本当に……、『すごかった』、から。
ぞくぞくするほど色っぽくて、激しくて。
思い出すと、また顔が火照って、目が回ってくる。
でもシロ様は、むしろ前よりもっと生き生きしていて。今もにこにこしながら、ぼくをお姫様だっこして、お屋敷まで運んでくれている。
「シロ様は、すごく元気だね……?」
「私としては、あと二、三日は余裕でイけました♡♡」
「それ、『絶●』っていうんだよね!!? ご本に書いてあった!!」
「ふふ。……『想い』が、叶ったのですから」
「シロさ……」
「――さて、婚約式はいつにしましょうか、クロ?♡」
「ふえっ!?」
「この国は同性婚OKじゃないですか」
確かに、鬼の国はオス同士でも、メス同士でも結婚できる、とても素敵なところだ。でも。
「そ、それは知ってるけれど! シロ様は『だめ』、でしょ……!?!」
「なぜ?」
だって、だってシロ様は。
「シロ様は『王子様』だもん!! ぼくだとどうがんばっても、次の王子様、産めないもん!!」
わかっている。だれと恋をしてもシロ様は、最後はメスと結ばれて、『世継ぎ』を作らなくちゃいけない。特に『よそもの』で『けがらわしい』ぼくは、愛してもらえただけで、うれしいって思わなきゃ、『だめ』。
シロ様は、そう叫んで泣きそうなぼくをしばらくきょとん、と見つめ、あっけらかんと言い放った。
「教えていませんでしたっけ? 鬼の国は、世襲制じゃないですよ?」
「せしゅ……? 、じゃない……??」
「ええと、王の子どもが代々、国を継ぐ必要はないんです」
「……え。ええぇえぇええ!!?」
目が、点になる。
「20年に1度開かれる、『鬼の国天下一武道会』の優勝者が、その都度国を治めるしきたりです☆」
「格闘ものかな!!?」
「ほぼ妖術でなんとかしたんですが……当時未成年だったので、未だに『王子』呼びなんですよねー」←現在22歳
「ふえっ……ふぇえっ……??」
頭の整理が追いつかなくて、よくわからない声が出てしまう。
シロ様は、そんなぼくを、一度しゃがんで膝に乗せなおすと、ぼくの指先にくちびるをつけてささやいた。
「――添いとげる気のない者を、あんなどろどろに愛したりしません♡」
「! ……あ、あの、それにぼくは」
「?」
「『よそもの』、で……」
「ああ、そんなこと」
しどろもどろになるぼくに、シロ様はくすっと、『嗜虐的』に笑んだ。
「私の『最愛』を選ぶ権利は、私だけのもの――異論など認めるものか。……ねえ、クロ。あなたの『想い』さえ確かに在るのなら。私の伴侶に、なってくれますか?」
シロ様は、ずるい。
かわいかったり、優しかったり。今はちょっと『試す』ような顔をして、ぼくを上目遣いに見つめている。
でも、そんなシロ様を。
「〜〜もちろん、です!」
ぼくはもう、どうしようもなく、愛してしまっているんだ。
✿✿✿✿✿
【おまけ】
王家の屋敷へ帰る途中。
シロはクロを再び、お姫様だっこしながら、なんの気なしに尋ねる。
「そういえば、我が国では17になるまで婚姻を結べませんが……クロはあと何年、待てばいいのでしょう?」
「あっ、それなら大丈夫だよ!」
クロは、極上の笑顔で答えた。
「正しいのはわからないけれど、生まれてから少なくとも、30年は経ってると思うから!」
「へぇー! そうなんですかー✿✿」
その後シロは、無理をさせたクロを自室に寝かせ、優しく口づけると、クレナイのもとまで駆けてゆき、
「クレナイ、かくかくしかじかで……合法どころか……年上だった……!」←22歳
「総評して『エエ……(震)?』って感じだが、よかったな……」
『やはり神が創りたもうた奇跡だな……!?!』と目を輝かせ、クロのミラクルな尊さを語りたおしたという。
一方、自身も齢22のクレナイは、とりあえずお赤飯を炊き、『今まで犬っころって呼んですみませんでした……』と、後日クロへ、腰を垂直に曲げるレベルの謝罪をしたらしい。
✿✿✿おわり✿✿✿