護った娘が跳んでいた

文字数 6,566文字


*この物語はフィクションであり、時代考証、所作、言葉遣い等々かなりデタラメですので予めご了承ください。




 いや本当なんだってば。俺の名前は『天知小六郎(あまちころくろう)』っていうんだよ、嘘みたいだけど、俺のジイさんがつけた本名だよ。小さい頃はよく近所の悪ガキどもに『あまくちゴロー』なんて言われたよ。



 まあ見ての通り、ボロ着にボロ袴、月代なんて長いこと剃ってない、こんな身なりだし、覚えてもらった方が商売柄いいかなと思ってな、今は『天地五六ヶ郎』って名乗ってる。『てんちころがろう』だ。天からゴロゴロ転げ落ちてきたような、今の俺にぴったしの名前だな。



 あんたは何て言ったっけ? 確か江戸の戯作者だったよな。え、違う、なる予定? なんだ『なろう』さんか。いつか大物の物書きになるって? そりゃご苦労なことだな。で、ええと、『きんた』だっけ? 違う? 『きたん』? 鬼に山に空に、海……『山空海鬼壇(さんくうかいきたん)』? はぁ、大きく出たね、ナリは俺よりちっこいのに。まあ怒るなよ。それにしてもだな、そんな立派なモノカキにならんとしてるお方が、俺みたいな男のそばウロチョロしても、無駄に草鞋が擦り切れるだけだぜ。はあ、モノカキの勘だって? 俺についてりゃ面白い話が聞けるだと? そりゃとんだ見当違いだよ、俺なんかほれ、ただの浪人者さ。アテはあるのかって? そりゃまあ、紀州にいる親戚を頼ろうとは思ってるんだがな、道中ただブラブラ歩いても面白くないし、急ぐ旅でもない。そこでこの『萬引き受け候』の旗差し物を背負って歩きゃ、ちょっとした仕事にもありつけて路銀も稼げるってもんだ。はぁ、その考え方がすでに面白いって? そうかね? でもなあ、同じ事考えてる奴はいるもんだぜ、二日ほど前に似たような旗つけた浪人がいたな。そいつ、箱車に子供乗せてガラガラ押してたよ。あれ見てマズイ、と思ったね。だって、こっちは一人ブラブラ、あっちはガキ連れで箱車ガラガラだよ、どっちが目立つと思う? みんなあっちの方が珍しいし、ガキも可愛いから寄ってくだろ、うまいこと考えたなーって思ったね。



 で、俺のことはいいから、あんたはもっと面白いネタでも探しなよ。え、旅に出る前のことか? いやぁ、話すほどのことでもないよ。どうしても聞きたいって? あとで『つまらん!』とか言って怒るなよ。じゃあ、その先に茶屋があるな。あそこで話すとするか。御茶代そっち持ちだぜ。



 俺は美濃にある小さな藩に……名前? 言っても知らないだろうよ、それぐらい小さい、あんたみたいな……怒るなよ。そこで奉行の下で働いていた。ある日、上役の誘いで酒宴に呼ばれてな。それも珍しい話なんだよ、なんで俺が誘われたんだろって。上役によほどいいことがあったに違いないって思ったんだよ。で、飲んで食って……そしたらそこでなぜか俺一人、出された刺身に当たって、翌日は仕事休んで家で寝込んでしまった。汗はダラダラかくは、寝ても起きても腹は痛いわ、もう俺はこのまま死んでしまうんじゃないかって思ったんだよ。でも後で考えれば、それがよかったのかもしれないな。だって俺が寝込んでいる間に上役の不正がばれてしまったらしいんだよ。誰にって? なんでも旅の商人のふりをした、さるお偉い方だったらしい、なんでも公方様に近い筋のものとかなんとか。それがお付きを二人ばかり連れたジィさんでな、まったく暇なジジィもいたもんだ。俺は寝込んでいたおかげでジジィとお付きの二人が屋敷に乗り込んでの立ち回りには加わらずに済んだのさ。連中、わざわざ葵の御紋ちらつかせながら、偉そうなことわめいて暴れるだけ暴れたらしいんだ。俺の同僚も何人か大怪我を負わされたらしい。おかしいだろ? そんなこと、身分も身分なんだから直接殿様に言えばいいのに。おかげで上役は切腹、配下の俺らも巻き添えを食って御役御免、飛んだ濡れ衣だよ。思えばあの日の酒宴は、上役が悪さしてこさえた金だったんだな。それで俺は藩を抜け、江戸にいる叔父の元に転がり込んだ。



 叔父とは父親の葬儀のときにしか会ってなかったけど『困ったことがあれば頼るように』とかなんとか言ってたのを思い出したんだ。で、右も左もわからない江戸の町をうろつきまわり、ようやく本所にある叔父の屋敷を何とか探し当てたのはいいんだけど、運悪く叔父はその前日に亡くなっていた。そりゃないよ、と思ったんだが、そこの奥方の口利きで、とある大名への士官が叶った。いや、士官というのかどうか、三食昼寝までさせてもらって屋敷じゃ毎晩酒盛り、俺の外にもそんなのが二十人ばかりいたかな。仕事らしい仕事もないんで、ある日一応俺らの上役だった番頭に、俺らは何をすればよいのかって聞いてみたんだよ。するとだな、今のままでよい、ただ剣術の修練は怠るな、とだけ返ってきた。だから飲んで食って、たまに道場で汗を流す、こればっかり。あ、俺一応念流の心得があるから。そうは見えない? 

 

 そんな暮らしを半年ばかり続けてたらな、ある夜、俺が寝起きしている長屋の戸をバンバン誰かが叩いてるんだよ。『出会え出会え』って叫んでるし。慌てて着替えて出て見たら、屋敷の中庭におかしな奴が立ってたんだよ。般若の面付けた派手な着流しの男さ。その時俺は『あ、このために俺は雇われたのか』と気づいたね。ここの殿様もよからぬことして懐を肥やしてたんだなって。そうか、俺は用心棒だったのかってね。今まで一緒に酒飲んでた仲間がその般若面にバサバサ斬られていってさ。腕は俺と互角と見たが、キンキラの着物きて、自分のこと『桃から生まれた桃太郎』って名乗りやがるわ、数え歌うたうわ、頭おかしいんじゃないのかって。こんなイカれた奴とまともにやりあうのはごめんだよ、俺はそいつに突っかかって、すんでのところで身をかわして斬られたふりをした。斬り合いが終わった頃、そっと頭をあげてみたらまあ、死屍累々だよ。あの般若面、何の恨みがあったのか知らないけど、やりすぎだと思ったね。で、俺は頃合いを見て屋敷を抜け出した。タダ酒タダ飯で命は落とせないよ。



 それからは、江戸を離れて御覧の通りさ。他には? そうだな、江戸を出てしばらく、上総にある小さな宿場町で賭場の用心棒をやってたぐらいかな。揉め事があったら顔出して、グイと睨むだけで相手は竦んじまう。それでもダメなら刀にすっと手を掛ける。まあ、大概の連中はそれで逃げてくんだけど、それでも一人だけ、ひるまない奴がいたな。だって按摩だったから見えるわけがないよな。その按摩とはすっかり仲良くなってな。一緒に飲んだり釣りに行ったり。で、ある日俺が一人で夜釣りに出て、戻ってみたら誰もいない。何でも、親分がその按摩に斬られたってんでみんな逃げるわ、按摩を追っかけたけど返り討ちにあうわで……。いやぁすごい按摩もいたもんだよ。凶状持ちの間じゃ有名な賞金首だったらしい。親分、その按摩を売ったらしいんだ。俺? いや、俺が気付いた時にはその按摩はもう町を出た後だったからな。残った子分連中、跡目は誰だ何だと揉めだすから、俺は嫌になってそこを出たんだよ。



 そんで、流れ流れて転げるように落ちるところまで落ちて、今じゃなんでも屋稼業。な、つまらないだろ? え、面白い? 『雇い主に恵まれない不幸な侍のお話』だと? まあ、好きに書くがいいさ。でもこれからはそうはならねえ、たぶんな、おそらくな……。うん、そうありたいものだな。俺、そんなにツイてないか? 



 ほら、あそこを見なよ。旅の娘がゴロツキたちに絡まれてるぜ。笠で顔は見えないけど、背格好からすりゃ十六、七といったところかな。どうせ『一人旅は危ないから俺らもついてってやろう』とか言われてんじゃないのか? それで、人気のない所に連れ込んで……ケシカランことをあれこれと。どうする? いや、何をどうするって、助けるか見逃すかだろ。面倒ごとには巻き込まれたくないか? ゴロツキはひい、ふう……四人か。人足か雲助か、大方職にあぶれてすることもないんだろうよ、まあ俺と一緒だわな。じゃ、ちょっと行ってくるわ。え、何って? 決まってるじゃないか、助けるのよ、あの娘を。キタさんも来るかい? いや、あんたのことだよ『きたん』だからキタさんだ。いちいち『サンクウカイキタン先生、いかがいたしましょうか?』なんて長ったらしくて言いにくいだろ、とか言ってる間にホレ、娘が囲まれて、連れて行かれそうじゃないか……。



 おいおい、そこの、ええっと、お前たち。娘さんが嫌がってるじゃねえか。そうそう、そのきたねえ顔で凄んでるお前らだよ。よかったら、その娘、こっちに渡してくれないか? ダメか? そうだろうな……なに、お前たちの後でなら一両で売ってやってもいいだって? そりゃ高い、五十文にしろ。ダメか、やっぱり。ひょっとしてその懐から出したドスで俺を刺そうとでも? なら仕方ない、今からお前らをたたっ斬って、この娘をいただくことにするがいいか? いいわけないよな。あ、本当に刺す気かよ……ハイ一人、振り返って二人、三人、これ、四人目逃げるな! 待て待て待て! ほい! これで全部。安心しろ、峰打ちだよ。って、ノビてるから誰も聞いてないか。何だよキタさん、拍手なんかして。え、俺のこと見くびってたのか? 言ったろ、一応念流の心得があるって。まあ、この辺はかっこよく書いといてくれよ。



 それで娘さん、怪我はないか? 無事で何よりだ。俺は天地五六郎、こっちにいるのはキタさん。へえ、娘さんは『みよ』っていうのか。で、みよさんはどちらへ? へえ、その先の宿場までか。またこんな連中に絡まれるかもしれない、そこまで俺がついて行ってやろう。って、さっきの連中と似たようなもんだな。腕は今見せたとおりだ、安心しな。迷惑ではないかって? こっちは急ぎの旅ではないし、うーん、そうだな。じゃあこうしよう。俺を一日五十文で雇ってくれ。俺は今こういう商いをしてるんでな。旗の字読めるか? そう、何でもやる、だから宿場まであんたの用心棒になってやる。キタさんも来るか? ……やっぱ来るんだ。



 へえ、ここがみよさんの言ってた『松風宿』か。陽も落ちかかってちょうどいい頃合いだ、どこか空いてる宿はないかな……で、みよさんはここで何を? はあ、仇? 両親の仇打ち? そりゃ話が大きいな。そんな娘さんの細腕でか? おいどうするよキタさん、あんたが書く読み物のネタにはうってつけだろうけど。『娘十六、仇討ち旅』とか。あ、おみよさん十八だったか、すまん。で、相手がここに逗留しているのは確かなんだな? 右の頬に傷のある渡世人? ならここの親分ところに草鞋を脱いでるか、賭場にいるかも、だな。しかし、みよさん一人でとなると……まあ、確かに俺ぁ五十文の用心棒だが。え、上乗せするから仇討の手伝いをしてくれ? まあ、うん、事情によるけど、みよさんの親御さんを殺めた相手となれば、よほどのワルなんだろうな。なに、七日ほど前、家に押し入って両親を殺し、金を奪った? それは相当だな、何の罪もない人を……よし、乗った、三十文上乗せで仇討ちの助っ人だ! 銭あるか? へえ結構あるんだな。もっと上乗せすればよかった……まあいいや、ほらねキタさん、俺ぁ今までとは違うんだよ、困ってる人を助けて自分も稼ぐ、これだよ! そうとなればさっそく、その渡世人とやらを……お、あの目つきが悪くてやせっぽちの男、あいつも右の頬に……おい、どうしたみよさん、あいつなのか? はや! もう仇が見つかったのかよ! おい行くぞキタさん、おい待てそこの男、聞きたいことがある! って、逃げるなー! こりゃ本物だな、待てというのがわからねえのか! おい、くそ、足の速い奴だ……。



 はあ、はあ、もう逃げられんぞ。ここは街はずれ、お前の後ろは真っ暗闇、暗くてよく見えないが、たぶん崖っぷちだろうな、川がどうどう流れてる音がするぞ。ただ、お前をこのまま斬るわけにもいかねえ、俺はただの助っ人だ。あとでみよって娘が来る。お前はその子の両親を殺めたんだな? 違うのか? え、違う? そりゃ一体……お、みよさん来たか、キタさんも来た、いや洒落じゃないよ。



 みよさん、こいつで間違いないんだな、親の仇は? は? 何言ってんだお前、娘が親を殺した? そんなはずないだろ、なんで実の親を……おいおい、いきなり長ドス抜いてどうしたんだよ、娘の正体がバケモノ? 畑の真ん中で娘が両親を鍬で殴り殺して血をすすってニヤニヤしているのを、通りすがりに見た? 嘘つくならもう少しましな嘘をつけ! これは仇打ちじゃない、娘が自分の殺しを見られたから口封じに来たって? そんなバカな……いや、信じられん、分かったからもう長ドスを振り回すのはよせ、うわっ、と、あぶねえ、もう少し前に出てたら右腕落とすところだったじゃねえか! おいおいみよさんに何を……っておい、だあっ! よし、奴ぁ長ドスを落とした、相手は丸腰だ、キタさん、奴を羽交い絞めに……はぁ、怖くてできねえって? 仕方ない、俺が……おい動くな、この期に及んで見苦しいぞ! 生き血を吸われるぐらいなら、死んだほうがマシ? いやどっちにしても死ぬんだろうが! ……ってえ、なんて馬鹿力だ。あれだけ打ち据えたのにどこにそんな力が……おい、その先は……あ。



 今『ぼちゃん』って音した? したよな。



 あいつ、逃げようとして崖から落っこちまったか。まあ、何にしてもみよさんの仇は討ったってことになるのかな。みよさん、これでいいかい? あんたの父親と母親の仇はこれで……そうだな、仇を討ったところで、死んだ者は帰ってこないよな。そりゃ悲しい顔にもなるわな。あ、腕の傷か? いやいやこんなもの大したことない、唾でもつけときゃすぐ治るって。手当したい? まあ、そりゃいいが……すまんな。ほら、この通りのかすり傷だが……え、血を吸ってくれるのか? チュウチュウと……いかん歯を立ててはいかん、みよさん! キタさん、こりゃ一体? は、目の色が変わった? 目が光った、みよさんの? おい、よさんか、俺の腕を食う気か? やめろというのに! すまん、つい投げ飛ばして……な? 猫のように宙でクルリと一回転? やっぱりバケモノなのか、キタさん? いくらなんでも、娘は斬れんぞ、俺は……とか言ってる間に今度は俺らが崖を背にしている……見ろよ、みよさん、よだれ垂らして四つん這いになって、こっちをうかがってるぞ。まるでケダモノの動きだ。じゃあ、あの渡世人の言ったことは本当なのか? 身を低くかがめ、今にも飛び掛かって……飛んだ! いまだキタさん身を伏せろ! だぁ!



 あぁ……俺が切りつけたことで体勢が崩れたみよさんが、落ちていく……。



 なんだったんだあれは? たぶんおそらく『狐憑き』か『狼憑き』だと? そんなものが本当に……いや、いたのか、あの身のこなしは百姓娘には、いや、人間にはできっこないか。じゃあ、あの渡世人の言ったことが本当で、みよさんは両親を食ってからあいつを追っかけ……たぶん狐か狼に憑かれて鼻がすごく利くんだろうな。あわよくば俺らも……という事か。そうだろうって? 『娘十八、仇討ち旅』が『怪異ケダモノ娘』になったって? うーん、いまだに信じがたいが、そのせいであの渡世人も……悪いことしてしまったな。はあ、しかし、なんで俺はこうもツイてないんだろうな。何だキタさん、嬉しそうじゃないか。変わった話の方が売れやすい? この先も俺にくっついてると何か変わったことが起こりそうだ、だと? とんでもない! こっちは御免被るね! もっと平和にのんきな旅がしたいってもんだぜ! 



 ほら行くぞキタさん、まずは宿、それから風呂、メシ! 明日は平々凡々と行くぞ、キタさんが退屈するぐらいのな! 



 しかし、イカれた世の中だな……。 

 

 終  
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登場人物紹介

天地五六郎(てんちころがろう)

  行く先々でツいていない浪人。旅の途中で鬼壇と出会う

山空海鬼壇(さんくうかいきたん)

 江戸のなろう戯作者。旅先で知り合った五六郎のことを面白がり、話のネタについてくる。

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