何言ってんだコイツ……

文字数 3,487文字

「話を聞いてんのか!」

 私の部屋に似つかわしくない大声が響く。目の前の大男は、およそ知性とはかけ離れた態度でまくし立てる。とてもじゃないが、本来私とは関係しないような生物だ。

「人間はある程度近しい知能を持つ間でないと会話が成立しないと言われているね?」
「話を逸らすんじゃねえよ!」
「逸らしてなどいない。私には君が何を言っているのかさっぱりなんだよ」

 それはI.Qがいくつ違った時の話だったろうか。30だろうか、40だろうか。しかしどれほど多めに見積もっても、彼のI.Qは私の半分ほどだろうから会話などできようはずもない。

「君には難しいかもしれないけれど、もう少しだけわかりやすく話してはくれないか? 早い話が、論理的にという意味なのだが」
「論理もなにも簡単だろうが! テメエが俺の女に付きまとっているって話だろうが!」

 やはり、頭の悪いやつはまともに話ができない。どうやら日本語を話しているようだという事は分かるのだが、なぜか会話が成立しない。言葉が通じるのに会話が通じないというのも奇妙な話だ。
 ……ただまあ、覚えがないわけではない。別に付きまとってなどいないが。
 彼は、私の恋人の元カレというやつだ。恋人を取られたとかなんとか言って、私にお門違いの文句を言いにきたのだった。

「付きまとうというのは、一体どういう意味だ?」

 一応そう言いはするが、男の顔を見る限りごまかせる雰囲気ではない。歯軋りのしすぎで前歯が砕けてしまいそうだ。歯並びが悪いので歯が全損するような事はないだろうが、若くして入れ歯の世話になるのは屈辱だろう。

「悪かったよ、そんなに睨むなよ」
「ようやく意味がわかったのかよ」
「いや、私は別に付きまとってなどないけどね」

 純粋に愛し合った結果だ。
 彼は私が彼女に付きまとっているというが、むしろ彼が私に付きまとっているのではないだろうか。

「彼女は君にはもったいない女性だ。知的で、理性的で、およそ発情期のゴリラと交際するような人間じゃない」
「テメエ頭おかしいのかよ! それが人の女に手を出した言い訳か!?」

 やはり会話が通じない。

「人の女というその言い方が気にくわないなぁ。女性を一人の人として扱ってない。傲慢な男の言い分だ」
「普通の言い回しだ! 所有物として扱ってるって言いてえのかよ?」
「おや、意外に聡明なのか? まさしくそうだ。一人の人間として扱っている以上、誰の、なんて言葉が出るはずもないんだからね」

 この頭の悪い男を言い負かすには、どれほどの労力が必要だろうか。一番早いのはこの場に彼女を連れてくる事だが、こんなこの男が逆上して彼女に暴力を振るわないとも限らない。
 仕方がないな。彼女のためだと言うのならば、私が時間と気力を使ってゆっくりと諭してやらなくてはならないだろう。気分は保母さんだ。

「テメエみてえなヒョロヒョロチビによ! アイツがなびくわけねえだろうが! 近所の小学生でも相手にしてろ!」
「年齢も、体格も、相手を好きだと想う気持ちに偽りなんてないさ。人によっては頭のできすら関係しないだろうから、君も新しい恋を探した方がいい」

 一見して相手を思いやっているかのような発言。角を立てないようにという私の気遣いだ。
 だがまあ、当然彼には伝わらなかったらしく、口を開けてぽかんとしている。アホヅラのゴリラを見たの初めてなので、ちょっと得した気分だ。

「会話の通じねえやつだ。寝言だったらママに抱っこでもされながら見る事だな!」
「初めて気があった気がするね。確かに会話は通じない」

 哀れ本当の愛を知らない愚者は、あとで自らの愚行を知った時涙するのだ。今は自分が何を意味不明な事を喚き立てているのか知らないだろうが、それも私が諭してしまうまでの話だ。
 そんな彼は、やはりまた意味不明な事を言い始めた。そんな事はあり得るはずがないというのに、彼の中ではことごとく真実なのだろう。

「アイツがテメエを迷惑がってんだよ!」

 バカな事を。彼女は私と愛を囁き合った仲だ。いくら女心は秋の空だと言っても、たった数日で好意が180度変わってしまうものか。

「あまりバカな事を言うのなら、私は君を許さない」



「話を聞いてんのか!」

 俺は、怒鳴らずにいられなかった。三年間付き合った俺の恋人が、最近付きまとわれていると相談してきたからだ。初めのうちは俺も考えすぎだろと言っていたのだが、話を聞けば確かに度が超えているように感じる。
 聞けば聞くほどに、その彼女のいう事が間違いでないと確信した。アイツは話をでっち上げるようなホラ吹きじゃないし、相手の行動を勘違いするような自意識過剰でもない。
 そう思って相手の家に乗り込んだのだが、その相手は悠々とした態度で笑いやがった。

「人間はある程度近しい知能を持つ間でないと会話が成立しないと言われているね?」
「話を逸らすんじゃねえよ!」
「逸らしてなどいない。私には君が何を言っているのかさっぱりなんだよ」

 鼻先で笑いやがった。女の口説き方は知らないくせに、すっとぼけるのはすこぶる得意らしい。

「君には難しいかもしれないけれど、もう少しだけわかりやすく話してはくれないか? 早い話が、論理的にという意味なのだが」

 訂正。人をバカにするのも得意なようだ。

「論理もなにも簡単だろうが! テメエが俺の女に付きまとっているって話だろうが!」

 俺の怒鳴り声に怖気たか、急に目を逸らしやがった。人の事を小馬鹿にする割りには肝っ玉の小せえやつだ。

「付きまとうというのは、一体どういう意味だ?」

 流石にこれには俺も本気だ。さっきまでは威嚇のつもりで怒鳴っていたが、いよいよ話をする気がないとなれば俺だってキレる。
 どうやらよっぽど堪えたらしく、俺の顔を見るなりみるみる青ざめていった。

「悪かったよ、そんなに睨むなよ」
「ようやく意味がわかったのかよ」
「いや、私は別に付きまとってなどないけどね」

 またバカな事を言い出した。すごく得意げな顔で。

「彼女は君にはもったいない女性だ。知的で、理性的で、およそ発情期のゴリラと交際するような人間じゃない」
「テメエ頭おかしいのかよ! それが人の女に手を出した言い訳か!?」
「人の女というその言い方が気にくわないなぁ。女性を一人の人として扱ってない。傲慢な男の言い分だ」

 コイツさてはイチャモンつけたいだけだな。

「普通の言い回しだ! 所有物として扱ってるって言いてえのかよ?」
「おや、意外に聡明なのか? まさしくそうだ。一人の人間として扱っている以上、誰の、なんて言葉が出るはずもないんだからね」

 流石にガキの言い分だ。あげてもない揚げ足をとる事に必死すぎる。
 だいたい、アイツが

を相手にするはずがねえんだ。

「テメエみてえなヒョロヒョロチビによ! アイツがなびくわけねえだろうが! 近所の小学生でも相手にしてろ!」
「年齢も、体格も、相手を好きだと想う気持ちに偽りなんてないさ。人によっては頭のできすら関係しないだろうから、君も新しい恋を探した方がいい」

 近所の子供に懐かれてると言ってきたのが二ヶ月ほど前だ。そして、それから一週間でものすごくおませさんなのと言われた。そしてそれから何度か相談されたが、正直変わった子供だとしか思ってなかった。
 しかし先月、真顔で告白されたと言われた。苦笑いで適当に話を合わせたと言っていたが、それから付きまとわれるようになったのだと言う。我慢ならず、俺はこのガキの家に乗り込んだのだ。

「会話の通じねえやつだ。寝言だったらママに抱っこでもされながら見る事だな!」
「初めて気があった気がするね。確かに会話は通じない」

 どうしても、どうしても、話が通じる気がしない。さっきからストレートに言っているはずなのに、どうにも曲解されている気がしてならない。

「アイツがテメエを迷惑がってんだよ!」

 キョトンとして、クスリと笑って、肩をすくめる。超ムカつく。
 これは長丁場になりそうだ。どうしたものかと頭を悩ませる。最悪、アイツに直接言ってもらわないといけないといけないだろう。アイツは直接言うのが憚られると言っていたが、どうにも俺では諭す事ができそうもない。

「あまりバカな事を言うのなら、私は君を許さない」

「こっちのセリフだ馬鹿野郎!?」
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