第十五話

文字数 1,262文字

 勉強会は辞めた。俺は最近、誰とも話していない。予備校と家を、往復するだけの毎日だ。独り言を、電車の中で呟くようになっている。
 しかし、四回目の受験に向けて、時は早く進む。梅雨は明け、初夏になった。

 ガンガンに冷房が効いた自習室にて、俺は今日も頑張った。しかし、興奮が抑えきれない。とうとう、叫んでしまった。
「畜生!」
 周りから一斉に、睨まれる。俺は廊下へ逃げた。そして、口に手を入れながら、駿河さんにメールした。
”相談させてください。お願いです”

 その後に俺は、駿河さんと喫茶店で会った。Kとデートした場所。
 まず、愚痴を聞かされた。職場には年下が多く、彼氏が作れないらしい。
 暫くすると、若い男性店員がコーヒーを持ってきた。間ができる。そして、駿河さんから、目を直視された。
「もう、受験から卒業しようよ」
 と勧められる。
「……」
「奉仕することは、素敵よー。働くことは、生きることなの」
 その後は、仕事への意気込みを説明された。空気のような内容だ。職場で学んだ、語録を唱えられる。

「ねえ、聞いて」
「……」
「今日が変えれば、明日が変わる。明日を変えれば、明後日が変わる。だから、将来は変えられる。絶対に夢は叶う……」
 安っぽい台詞に、吐き気がした。
 しかし、夕立が降っている。傘は持ってきていない。俺はその語録を、延々と聞き続けた。そまた、飲食店でのバイトも、執拗に勧められた。

 駿河さんの話が、職場の先輩の悪口に変った頃、雨が上がった。
 帰る途中、俺は自販機の前でコーラを飲んだ。気付くと、体が軽くなっている。ふと、バイトをしてみようと思った。

「お帰り!」
 母が元気に迎えてくれた。妹の大学入学が決まっている。部活での推薦だ。夕飯は、すき焼きだった。久しぶりに家族全員で、食卓を囲む。ただ、皆が受験に関わるワードを避け、他の話題に持っていった。
「俺、働くよ。受験をストップする」
 突然俺は、勝ち誇ったように宣言した。時間が止まる。

「あんた、え? え? 馬鹿じゃない!」
 母は目を大きく見開いた。
「俺の自由だ。自由だよ」
「あんた、明日から何するの?」
「就職活動」
 俺は一旦、受験を休むつもりだった。しかし、強がってしまう。

 母の声は震えている。焦りきった忠告を受けた。
「大学だけには、行っておきなさい。医学部じゃなくていいから」
「もういい」
 父は低い声で言い放ち、そのまま書斎へ戻った。母は続ける。
「高卒で、就職するの? 本当にキツイよ。肉体労働は出来る? 営業なんて無理でしょ? これから、苦しい人生が続くのよ。一回、職安へ行ってみなさい。現状が分かるわ。『あの時に勉強すれば良かった』って、絶対に後悔するから。ねえ、どうすんの!」
「分からない。俺の人生は、俺のもの」

 捨て台詞を吐くと、俺は部屋に入った。そして、MDデッキの電源を入れる。EXILEの『Choo Choo TRAIN』を聴いて踊った。
 小学生の時から続いていた『昨日』から、やっと脱出できた。明日から、新しい生活が始まる。
 翌朝に早速俺は、職安へ行った。
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登場人物紹介

河合夢太郎。永遠の受験生。

吉田。夢太郎の高校の同級生。国立大学を現役合格するも、バイトと部活で留年してしまう。

夢太郎の親父。三流私大出身の開業医。学歴にコンプレックスがある。老人が嫌い。

東出先生。夢太郎の高校時代の恩師。英語を担当。現在は退官している。趣味は中国語

総一郎。夢太郎の高校の同級生。医学部を目指して、浪人してしまう。しかし早々と諦め、経済学部に入学。ソープのボーイのアルバイトをしている。

恵三郎さん。不真面目な浪人生。気が弱い。

吹田八郎さん。医学部浪人の男たちを集めて、勉強会を開催している。医学部受験を繰り返している。

駿河さん。アラサー。元看護婦。

駒田孝四郎さん。親孝行な仮面浪人生

鶴井慶子。通称K。チビ。メガネ。私大を目指し、一浪している。基礎的な学力がない。

青木。坊主で背が高い。多浪生。金縁の眼鏡。激情型

湯島。父親が大学教授。学力は無い。

阪田。元ヤンキー。学力はない。お洒落。

飲食チェーン西進屋の社長。長身。仕事へのこだわりが強い。

店長。ヒョロヒョロで禿。優しい。西進屋の社畜。

エリアマネージャー。西進屋の社畜。ラガーマン

佐々木青葉。西進屋の社畜。太っている。笑い方がおかしい。

女講師。西進屋の社畜。気が強く、よくキレて大声で罵る。体は、プヨプヨ。

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