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文字数 1,170文字

 汰瀬と初めて会ったのは、五年前に通っていた水泳教室だった。
 引っ越す前までに住んでいた隣町には水泳教室が無く、通う際に一番近くにあったのがその教室だった。
 五年前に会ったというのは、その時分に汰瀬が水泳教室に通い始めたからだ。俺は汰瀬より三年早く通い始めていた。
 実際に泳いでいる時の合間にある休憩時に特別話していた訳ではなく、かと言って送迎バスで話したわけでもなかった。話すようになったのは半年前だった。
「碌って、前まで行ってた中学の友達とかと会ったりすんの?」
 いつものようにアイスを買って帰る道中で、そんなことを聞かれた。
「いや、会わないけど」
「まじで? 遊んだりとかしない?」
「しないけど」
 そっかー、と抑揚のない声を漏らしながら彼は一口アイスを齧った。俺は既に完食していた。
「ちょっと聞きたいことがあったんだけど」
「何? 俺の知ってることかそれ?」
「知ってることっていうか、弘樹(ひろき)覚えてるか?」
 そう言われてもな、と口に出す前に頭に過ぎった顔があった。
「……多分覚えてる」
「多分て。そんなにあやふやなのかよ」
「顔だけな」
 人違いでなければ、小学生の時はサッカーをやっていた気がする。中学に入ってからのことは詳細に話すことが出来ない。
「弘樹がどうかした?」
「結構前から水泳に通い始めていたんだけど、この間話したら碌のこと知ってるって言ってたから」
「へぇ」
 どういう経緯で俺の話になったかは知らないが、弘樹と聞いて思い浮かべた出来事があった。
「なんかめっちゃ会いたがってたぜ」
「そうなんだ」
 会いたがる理由も分かるが、会わない方が良いだろうと考える。少なくとも俺には会おうとする気持ちがない。
「でも俺知らないから逆に気まずいんだけど」
「は? 弘樹は面識あるっつってたのに、本当に覚えてない?」
「申し訳ないけど」
 その気持ちは全くの嘘ではなかった。同時に、自分の予防線を引くモノともなった。
「じゃあ弘樹にそう言っておくわ」
「悪いな」
 おそらく、汰瀬はどこかで俺と弘樹とを対面させようと仕向けてくるかもしれない。そこで弘樹も拒否をすれば会うことはないだろうが、果たしてどうだろうか。
「てか、弘樹って水泳もしだしたんだ。サッカーもやってたよな」
「え? それは知らないけど。水泳やってたことしか俺は聞いてないな」
「そうなんだ」
 なんで言っていないのかと疑問に感じたが、単純にその必要が無いと思ったのかもしれない。どちらにせよ気にすることではない。
 自分のことでない人を気にしている時点で、気にしていると自覚するべきなのだ。
「それはそうと、二週間後はもう中間テストだぜ? 早いよな」
 最も、汰瀬のその一言で誰のことを考えていたかなど吹き飛んでしまったが。
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