第5話
文字数 1,591文字
老人は志村の前を歩いていたが、先程の会話にもあったように足が悪く、平坦ではない砂漠を歩いていると何度か転びそうになったが、志村はそっと手を出して老人を支えてあげた。志村に支えてもらうたびに、老人は「ありがとう」と小さく感謝の言葉を述べた。
一〇分も歩くと、砂漠を覆っていた霧が晴れて、青空から日差しが差し込むようになって視界が開けてきた。いかにもアメリカ西部らしい光景が目に入ってきたと思うと、目の前にデニーズのモーニングで出すパンケーキのような形をした、低い丘のような場所が見えてきた。
「あれは私たちの祖先が代々守ってきたものだ。今はもう地面に同化して地形の一部のようになっているが、元々は空に浮いて移動する乗り物だったんだよ」
老人はさも当たり前のような口調で志村に説明した。アメリカ中西部の空飛ぶ円盤の伝説とも、なにか関係があるのだろうか。
「これはかつての旧社会の人々が利用していた、移動手段であり住居だったんだ。私の先祖もこれに乗って各地を移動していたんだよ。そしてこの地に降り立ってからは、旧大陸から来た人間たちとの戦いで壊れ、動かなくなってしまった」
老人は子どもに昔話を聞かせるような口調でつづけた。
「今は先祖代々の品を保管する倉庫と使っているがね」
老人はそう言った後、パンケーキ状の物体の近くに行き、地面と同化してしまった物体に軽く触れた、するとパンケーキ状の物体は中の空気が抜けるような音を立てて、その場に直径一〇フィート程の真円を作り、中に繋がる入り口を作った。新円の中にある空間は暗闇に覆われて、長い間整理や手入れがされていない様子だったが、見たことのない品々が多数保管されていた。
「こっちに来なさい。いろいろなものがあるよ」
老人に促されるまま、志村は中の空間に入って行った。まるで寓話か童話に出てくる主人公の幼い少年のようだと思ったが、起きている事は現実だった。
円盤状の住居兼移動手段の内部は思ったより広く、何かの遺跡に迷い込んでしまったような神秘的な空間だった。その空間にいる事に、志村は驚きと、子どもじみた感動を覚えずにはいられなかった。少し中を進むと老人は近くに立てかけてあった。銀製らしい表面に彫刻が彫られた杖のような物を手に取った。
「これは大気を操るものだ。雨が少なくなった時に雨が降るようにしたり、その逆に雨を降らせないようにしたりする。効果は完璧ではないが、ある程度はコントロールできたようだよ」
老人は杖を見ながら志村に説明した。言葉が疑問形なのは、実際に使われたところを見たことがなく、伝聞だけで知っているからなのだろう。
「ほかにもいろいろある。食品を温める装置や、怪我をした時に持つと痛みが和らぐものとかね」
「ここに有るものは、すべて使えるのですか?」
志村は周囲にある品々を見ながら老人に質問した。
「使えるのは簡単な仕組みのごく一部の物だ。全体の一割にも満たない。修復したり新しく製作する技術が消えてしまったからね。私がこの世に生を受けた時は、ここに有る多くの物はすでに使えなかった」
老人は物憂げな様子でつづけた。守りたいものが多くあったが、その志が半ば達成されずに自分の一生が終わってしまう。その現実に愁いを感じているようだった。
「そうなんですか」
志村は力なく答えるしかなかった。もう消えてなくなってしまう灯火に、声援や労りの言葉をかける事など出来なかった。
「ここで出会ったのも、何かの運命なのかもしれない。記念に何か持ってゆくか?」
「いいんですか?」
老人からの意外な提案に、志村は驚いた。
「構わんよ。私もいずれ死んで、この場所も誰も立ち入る事がなくなり土に帰ってゆく。だが少しでも、〝この場所の記憶〟を長くつないでおきたいんだ。日本人よ、ここでの事を忘れないでおいてくれないか」
老人の願いに、志村は静かにうなずいた。
一〇分も歩くと、砂漠を覆っていた霧が晴れて、青空から日差しが差し込むようになって視界が開けてきた。いかにもアメリカ西部らしい光景が目に入ってきたと思うと、目の前にデニーズのモーニングで出すパンケーキのような形をした、低い丘のような場所が見えてきた。
「あれは私たちの祖先が代々守ってきたものだ。今はもう地面に同化して地形の一部のようになっているが、元々は空に浮いて移動する乗り物だったんだよ」
老人はさも当たり前のような口調で志村に説明した。アメリカ中西部の空飛ぶ円盤の伝説とも、なにか関係があるのだろうか。
「これはかつての旧社会の人々が利用していた、移動手段であり住居だったんだ。私の先祖もこれに乗って各地を移動していたんだよ。そしてこの地に降り立ってからは、旧大陸から来た人間たちとの戦いで壊れ、動かなくなってしまった」
老人は子どもに昔話を聞かせるような口調でつづけた。
「今は先祖代々の品を保管する倉庫と使っているがね」
老人はそう言った後、パンケーキ状の物体の近くに行き、地面と同化してしまった物体に軽く触れた、するとパンケーキ状の物体は中の空気が抜けるような音を立てて、その場に直径一〇フィート程の真円を作り、中に繋がる入り口を作った。新円の中にある空間は暗闇に覆われて、長い間整理や手入れがされていない様子だったが、見たことのない品々が多数保管されていた。
「こっちに来なさい。いろいろなものがあるよ」
老人に促されるまま、志村は中の空間に入って行った。まるで寓話か童話に出てくる主人公の幼い少年のようだと思ったが、起きている事は現実だった。
円盤状の住居兼移動手段の内部は思ったより広く、何かの遺跡に迷い込んでしまったような神秘的な空間だった。その空間にいる事に、志村は驚きと、子どもじみた感動を覚えずにはいられなかった。少し中を進むと老人は近くに立てかけてあった。銀製らしい表面に彫刻が彫られた杖のような物を手に取った。
「これは大気を操るものだ。雨が少なくなった時に雨が降るようにしたり、その逆に雨を降らせないようにしたりする。効果は完璧ではないが、ある程度はコントロールできたようだよ」
老人は杖を見ながら志村に説明した。言葉が疑問形なのは、実際に使われたところを見たことがなく、伝聞だけで知っているからなのだろう。
「ほかにもいろいろある。食品を温める装置や、怪我をした時に持つと痛みが和らぐものとかね」
「ここに有るものは、すべて使えるのですか?」
志村は周囲にある品々を見ながら老人に質問した。
「使えるのは簡単な仕組みのごく一部の物だ。全体の一割にも満たない。修復したり新しく製作する技術が消えてしまったからね。私がこの世に生を受けた時は、ここに有る多くの物はすでに使えなかった」
老人は物憂げな様子でつづけた。守りたいものが多くあったが、その志が半ば達成されずに自分の一生が終わってしまう。その現実に愁いを感じているようだった。
「そうなんですか」
志村は力なく答えるしかなかった。もう消えてなくなってしまう灯火に、声援や労りの言葉をかける事など出来なかった。
「ここで出会ったのも、何かの運命なのかもしれない。記念に何か持ってゆくか?」
「いいんですか?」
老人からの意外な提案に、志村は驚いた。
「構わんよ。私もいずれ死んで、この場所も誰も立ち入る事がなくなり土に帰ってゆく。だが少しでも、〝この場所の記憶〟を長くつないでおきたいんだ。日本人よ、ここでの事を忘れないでおいてくれないか」
老人の願いに、志村は静かにうなずいた。