第4話 僕のもの

文字数 1,129文字

あの日以降、違和感とともに日々を過ごしていた。決して改善される気がせず、どうしたんだろう僕?という思いが強かった。

吃音と出会い一番の変化は積極性を無くしたことだ。発言することが怖くなり、あれほどおしゃべりだったのに口数が減った。常にいつ吃るのか?吃ったらどうしようか、ということが頭の中に出て来る。言葉選びの一つ一つが、吃るか吃らないかに選択を縛られる。

そのため、音読が大っ嫌いになった。フリートークなら言葉を変えて話せるが、音読は書かれていることのありのままを発声しなければならない。自転車をチャリやチャリンコ、と言葉を変えることができない音読は恐怖そのものだ。

ここまでくると、どうやら吃音は僕のものになったらしい。それもただの物ではなく、自分の身体の中に住み着くものだ。それはどう足掻こうとも決して捨てることができないものだ。

あの日までは授業中によく手を挙げていた。僕のクラスは何回でも手をあげることができ、発言するたびにポイントが貯まる。ポイントは成績に反映され、懇談会でもいい評価をくれる。もちろん、一度当たれば他の人が手を挙げてない限り当てられることはない。それでも僕は手を挙げ続けていた。

『西田君最近あまり手あげないね?』

給食を取りに行く道中、担任の大林先生に言われた。きっと、突然手を挙げなくなった僕を気にかけてくれたのだろう。不安げな表情で僕を見つめる。

『うん。さ、最近難しいもん』

僕は嘘をついた。難しくも何もない。なんなら今やっている範囲は得意な方かもしれない。

『西田君なら大丈夫だよ。わからないところがあったらいつでも教えるからね』

『うん。あーりがとう』

大林先生はお母さんみたいな人だ。包容力があり優しく、生徒のことを何よりも大切にしてくれている。そんな大林先生のことがみんな大好きだ。僕もその中の一人だった。

『健太、今日も駄菓子屋行こうぜ』

『ほんま駄菓子屋好きやなあ』

『お前もやろ』

『おう』

拓也は毎日といっていいほど駄菓子屋に行く。毎日もらう小遣い100円を全て駄菓子に費やしていた。そのせいか、学年で1番太っていた。しかし、スポーツ万能で足も早く、みんな走れるデブと彼のことを呼んでいた。

僕の小学校では給食の献立を日替わりで読む習慣があった。今日は中島の番だ。苗字が西田の僕はもうすぐ回って来る。中洲、中西、西川、西田。4日後だ。

あらかじめ、保護者向けに配られる献立表を確認した。

(イワシの甘露煮は吃るかもなあ)

あ行は吃りやすい・・

暇を見つけては献立表を音読していた。このような自分に笑ける反面、情けなかった。

どうしてこんなことをしてるのか?と。
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