第6話
文字数 1,455文字
校庭にある木々で大合唱をする蝉の鳴き声を聞きながら、おれはどこか上の空だった。
高校一年の夏。
一学期の期末試験が目の前に迫っているというのに、おれの耳は教壇に立つ教師の言葉を右から左へと通過させてしまっていた。
集中できないのは、授業中だけではなかった。放課後、剣道部の練習に出てもどこか身が入らない状態で、胴のつけ方を間違えたり、竹刀を逆さまに持ってしまったりしていた。
原因は自分でもわかっていた。
女子剣道部主将である佐竹先輩。すべては彼女のせいだった。
細身の体型で、女子にしては大きめの一六五センチという身長。肩ぐらいまで伸びている髪を後ろでひとつにまとめたポニーテール。曲がったことは決して許さないという強い意志を感じさせる切れ長の眼。
そんな佐竹先輩におれは惚れていた。もう、どうにもできないぐらいに彼女のことが好きになってしまったのだ。
その気持ちを抑えきれなくなってしまったおれは、ついに彼女に告白をすることにした。
部活が終わって薄暗くなった体育館の裏。
河上先輩の力を借りたおれは、彼女を呼び出してもらい、そこで心の中にあった気持ちをすべて彼女に伝えることにした。
おれの気持ちを聞いた佐竹先輩は、驚いた顔をしていた。無理もないだろう。まさか、一年生の部員に告白をされるだなんて思いもよらぬことだっただろうから。
でも、佐竹先輩はおれの気持ちを正面から受け止めてくれた。
少し困惑した表情を作った佐竹先輩は、おれのことを傷つけないよう言葉を選びながら告げた。
「わたし、一応、彼氏がいるんだけれども……」
そんなことは知っている。サッカー部の稲垣キャプテン。あの優男が佐竹先輩の彼氏だっていうことは、すぐそこの体育倉庫の陰に身を潜めて、事の成り行きを見守っている河上先輩から教えてもらったことだ。
だけれど、おれにはそんなことは関係のないことだ。彼氏がいようとも関係ない。その彼氏から佐竹先輩を奪ってしまってもいいし、佐竹先輩がおれと稲垣キャプテンに対して二股を掛けてくれても一向に構わない。ただ、おれは佐竹先輩に振り向いてもらいたい。ただ、それだけなのだ。
「彼氏がいることは知っています。でも、おれは佐竹先輩のことが好きなんです」
おれの言葉に、佐竹先輩は眉毛を八の字に下げて困ったといった表情を浮かべた。
そして、五秒ぐらいの沈黙があったあと、佐竹先輩がおもむろに口を開いた。
「じゃあ……インターハイで優勝できたら、付き合ってもいいわよ」
「マジっすか。絶対ですよ」
おれは飛び上がって喜んだ。勢いあまって小躍りをしてしまいそうになったぐらいだ。
だけれども、冷静になってよく考えてみると、おれが馬鹿だったということがよくわかる。インターハイで優勝する。それは並大抵のことではない。おれが優勝したことがあるのは地区大会の中学生部門であり、それとインターハイとでは天と地の差ぐらいに違う。
うちの剣道部には、男女共に県大会で上位にランクインできるほどの実力者が揃っている。
しかし、インターハイとなると話は別だ。何年か前に河上先輩が県大会で優勝して、インターハイに出場したことがあったそうだが、そんな河上先輩でさえインターハイでは一回戦で敗北したほどである。河上先輩の言葉を借りると、インターハイはレベルが違いすぎるとのことだった。
インターハイで優勝すれば、付き合ってもいい。
これは佐竹先輩が遠まわしに告白を断ったということなのだが、おれはそんなことにも気づかず、俄然燃え上がった。
高校一年の夏。
一学期の期末試験が目の前に迫っているというのに、おれの耳は教壇に立つ教師の言葉を右から左へと通過させてしまっていた。
集中できないのは、授業中だけではなかった。放課後、剣道部の練習に出てもどこか身が入らない状態で、胴のつけ方を間違えたり、竹刀を逆さまに持ってしまったりしていた。
原因は自分でもわかっていた。
女子剣道部主将である佐竹先輩。すべては彼女のせいだった。
細身の体型で、女子にしては大きめの一六五センチという身長。肩ぐらいまで伸びている髪を後ろでひとつにまとめたポニーテール。曲がったことは決して許さないという強い意志を感じさせる切れ長の眼。
そんな佐竹先輩におれは惚れていた。もう、どうにもできないぐらいに彼女のことが好きになってしまったのだ。
その気持ちを抑えきれなくなってしまったおれは、ついに彼女に告白をすることにした。
部活が終わって薄暗くなった体育館の裏。
河上先輩の力を借りたおれは、彼女を呼び出してもらい、そこで心の中にあった気持ちをすべて彼女に伝えることにした。
おれの気持ちを聞いた佐竹先輩は、驚いた顔をしていた。無理もないだろう。まさか、一年生の部員に告白をされるだなんて思いもよらぬことだっただろうから。
でも、佐竹先輩はおれの気持ちを正面から受け止めてくれた。
少し困惑した表情を作った佐竹先輩は、おれのことを傷つけないよう言葉を選びながら告げた。
「わたし、一応、彼氏がいるんだけれども……」
そんなことは知っている。サッカー部の稲垣キャプテン。あの優男が佐竹先輩の彼氏だっていうことは、すぐそこの体育倉庫の陰に身を潜めて、事の成り行きを見守っている河上先輩から教えてもらったことだ。
だけれど、おれにはそんなことは関係のないことだ。彼氏がいようとも関係ない。その彼氏から佐竹先輩を奪ってしまってもいいし、佐竹先輩がおれと稲垣キャプテンに対して二股を掛けてくれても一向に構わない。ただ、おれは佐竹先輩に振り向いてもらいたい。ただ、それだけなのだ。
「彼氏がいることは知っています。でも、おれは佐竹先輩のことが好きなんです」
おれの言葉に、佐竹先輩は眉毛を八の字に下げて困ったといった表情を浮かべた。
そして、五秒ぐらいの沈黙があったあと、佐竹先輩がおもむろに口を開いた。
「じゃあ……インターハイで優勝できたら、付き合ってもいいわよ」
「マジっすか。絶対ですよ」
おれは飛び上がって喜んだ。勢いあまって小躍りをしてしまいそうになったぐらいだ。
だけれども、冷静になってよく考えてみると、おれが馬鹿だったということがよくわかる。インターハイで優勝する。それは並大抵のことではない。おれが優勝したことがあるのは地区大会の中学生部門であり、それとインターハイとでは天と地の差ぐらいに違う。
うちの剣道部には、男女共に県大会で上位にランクインできるほどの実力者が揃っている。
しかし、インターハイとなると話は別だ。何年か前に河上先輩が県大会で優勝して、インターハイに出場したことがあったそうだが、そんな河上先輩でさえインターハイでは一回戦で敗北したほどである。河上先輩の言葉を借りると、インターハイはレベルが違いすぎるとのことだった。
インターハイで優勝すれば、付き合ってもいい。
これは佐竹先輩が遠まわしに告白を断ったということなのだが、おれはそんなことにも気づかず、俄然燃え上がった。