第1話

文字数 758文字

 昔、京の壬生というところに新選組という侍の集団がおった。
 彼らが結成されてすぐ、まだ『新選組』という名前すらついておらん夏の初め、隊の中で「鬼火を見た」というウワサが出はじめた。
「それは『叢原火(そうげんび)』じゃなかろうか」と言うたのは普段あまりしゃべらん斎藤一という侍じゃった。
 なんでも『叢原火』は昔、賽銭や灯明の油を盗んでおった壬生寺の悪僧・宗源が死んでのち、鬼火の中に生首という姿で壬生周辺をさまよう物の怪になったものじゃそうな。
「知っているなら斎藤さん、あんたが何とかしておくれ」と皆が言うので、斎藤は「仕方がないのう」と、鬼火がよく出るという雨上がりの黄昏時に一人出かけていった。
 しばらく歩いていくと、なるほど道のかなたから鬼火が近づいてきた。
「『叢原火』よ」
 斎藤が声をかけると炎の中の生首が怪訝そうに斎藤を眺め、「なんじゃあ」と地の底から聞こえるような声を出した。
「お主は何でこのあたりをさまよっておるんじゃ?」と斎藤がきくと、「わしは、夏のあいだ壬生寺に油をもらいにきておる」と叢原火が答えた。
「ならば、わかった。わしが夏のあいだ油をやろう。そのかわりお主、わしの提灯の火になれ。お主は油が手に入る、お主が提灯の中におればわしの仲間は怖がらずにすむ、わしも火をつける手間がはぶける、いい考えじゃろう」
 斎藤が涼しげな顔で笑うと、叢原火も「なるほど、いい考えじゃ」と言うが早いか、斎藤の手元の提灯に飛び込んだ。

 その後、隊内で鬼火を見たという話はとんと聞かんようになったが、「斎藤さんは何も使わずに提灯に火をつけることができるそうじゃ」というウワサは夏になるといつも流れておったそうな。

これは、近所の爺さまのそのまた爺さまが子どもの頃、壬生寺で一緒に遊んでいた新選組の沖田総司という人から聞いた話じゃそうな。

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