第12話 隕石

文字数 1,994文字

「そんな嘘に騙されると思うの? 私の目は誤魔化せないわよ!」
美樹は俺に掴みかかると、襟をグイ、と引っ張った。
「お、おい、落ち着けって。大体、お前だって他に男がいただろう?」
俺がそう言うと、美樹は顔をクシャクシャにして怒鳴った。
「それは昔の話じゃないの! 貴方のために手を切ったんじゃない! それなのに――」
「ちょっと待て。あれ……」
「はぐらかさないでよ!」
「違う。TVを見てみろ」
俺はリビングに置いてあるTVから流れてくる映像を見て固まった。夜のニュース番組で、緊急特報をやっているのだが、そこには巨大な隕石の映像が映っていた。俺はリビングへ行くと、TVの音量を上げた。

「……ナジールと名付けられたこの隕石は、地球へ近付いています。このまま行くと予測では半年後に地球へ衝突する事は避けられないでしょう。何処に落ちるかはまだ不明ですが、皆さんどうか落ち着いて……」
ニュースキャスターのセリフを聞いた俺達は顔を見合わせた。
「隕石だって……」
「そうね……でもそれが私達に関係あって? 私にとってはそんな事より、貴方の浮気の方が重大問題よ!」
美樹はTVを消すと、俺を睨み付けた。
「分かったよ。他の女とは別れるよ」
「やっぱりそうだったのね!」
「……ご免。誘われて、断りきれなくて。でも別れるから」
「きっとよ」
「ああ」
結局俺は美樹に押し切られた。

 次の日の夜は雨が降っていた。カフェで俺と加奈子は席に座った。
「話って?」
「うん……やっぱり別れてくれないか? 実は、彼女にバレていたんだ。君が良くても、彼女はそうじゃない」
俺の話を聞いた加奈子はしばらくうつむいていたが、やがて顔を上げると、
「そう……嫌よ。そんなの」
とポツリとこぼした。
「頼む」
「私は貴方に女が居ても全然構わないって言ったでしょ」
「加奈子。誤解しないでくれ。俺は別に君を弄ぼうとか思った訳じゃないんだ」
「ええ。分かっているわ」
「それに、君は良くても彼女はそうは思っていない」
「バレなきゃ良いんでしょ? 次からもっと上手くやれば良いわ」
「加奈子……」
「もし別れるなら、あたし会社で言いふらしますから。私の事無理やりホテルに連れ込んで強姦したって」
「お、おい……そんな事……」
「とにかく、私は別れないからね」
可愛らしい顔に似合わず、凄みのある目で睨まれて、俺は結局加奈子の意向を飲むしかなかった。店を出ていった加奈子の後ろ姿を、俺は窓越しにずっと見ていた。

 それから半年間、俺は美樹と加奈子の両天秤は続いた。この半年の間、世間の話題は例の隕石の事で持ちきりだった。だが俺には関係のない事である。美樹との熱々な暮らしを送っていた俺にとっては、この街にさえ落ちなければ、隕石の事など、どうでも良かった。今日も無事に仕事を終えた俺は、マンションへと帰ってきた。いつもなら
「お帰り、ダーリン」
とか言って玄関まで出迎えてくれる美樹の姿はそこにはなかった。
「ただいま……美樹、居るのか?」
「ちょっと黙って」
リビングから何やら緊迫した美樹の声がした。俺は何事だろう、と思いながらリビングに入って、思わず目を見開いた。TVであの隕石が後一週間で地球に衝突する、というシミュレーション映像が流れていた。予想落下地点はフランスのパリ郊外である。
「やっぱり落ちるって」
美樹は口を手で押さえながら俺の方を見た。俺は黙ってTVを見続けた。どうやら衝突時の破壊力は物凄い物になるらしい。画面には憐れにも海外へと脱出しようと空港へ押しかけるフランス市民の姿が映っていた。
「パリか……」
「ええ。気の毒だわ。それに、貴重な宮殿やら、美術館なんかも壊滅するわね」
「そんな物より、人間はどうなるんだ? 皆避難できるのか?」
「一部の富裕層を除いては絶望的らしいわ。国連が軍を派遣して、出来る限りの人を国外へ搬送するみたいだけど、とても全部は間に合わないでしょうね……」
「そうだよな……」

 俺はさっきみたシミュレーションの映像を思い出して身震いした。ここに落ちるのじゃなくて良かった、という安堵のため息を付き、だからと言ってフランス人が犠牲になっても構わないとは思えずに、そしてその事に対して無力な自分に再び溜め息を付いた。
「まあ、彼等は気の毒だよな……」
「気の毒なのは彼等だけじゃないわ」
美樹はうっすら涙を浮かべた目で俺を睨み付けた。
「何だよ?」
「貴方、加奈子とかいう女と続いていたのね! 酷いわ。別れたって言ったじゃない!」
「ど、どうして……」
俺は思わずたじろいだ。一体どうしてバレたんだ?
「メールが来たのよ。その女から。貴方と別れるようにって」
メール……そうか、ホテルで俺がシャワーを浴びている隙に、加奈子が俺の携帯を盗み見たのに違いない。これで終わりだな……いや、終わりにしなければ。いざとなったら職を変えるのもやむなしである。俺は今度こそ加奈子と手を切ると美樹に約束した。
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