その21 となりのとろろ
文字数 498文字
「午前中の競技は終了です。お弁当をしっかり食べましょう」
放送委員の声で、子どもたちは一斉に駆け出す。待ちわびた昼休み。僕にとって運動会そのものは面白くない行事だった。でも、忙しい両親が揃って学校に来て、皆で母の手作り弁当を食べる。家族を実感できる日。そんな位置づけだった。活躍できない自分の姿を晒 すのが嫌になるのは、中学に進んでからだ。
例年、鉄棒の近くにシートを敷いた。僕は大好きな鶏唐揚げを摘 む。少し塩を効かせたこの味付けが、運動会にはぴったりだ。
隣の家族は、年によって違う。今年は見慣れない女子。背格好からは同じ学年くらい。親の言葉は少し訛 っていて、二学期からの転校生のようだ。
「とろろ大好き! ありがとう!」
とろろ、って山芋を擦 ったあれだよな。そんなのを弁当に? 弁当箱から汁が漏れるじゃん? と思い盗み見た。
緑っぽい薄茶色の塊を彼女が頬張っていた。おにぎりのようだが、美味しそうには見えない。そしてとろろは並んでいないようだった。それっきり、忘れていた。
出張で訪れた北国の街。立ち寄ったコンビニで記憶が蘇る。
「とろろ昆布おにぎり」
在りし日の父母を思い出し、涙した。
[了]
放送委員の声で、子どもたちは一斉に駆け出す。待ちわびた昼休み。僕にとって運動会そのものは面白くない行事だった。でも、忙しい両親が揃って学校に来て、皆で母の手作り弁当を食べる。家族を実感できる日。そんな位置づけだった。活躍できない自分の姿を
例年、鉄棒の近くにシートを敷いた。僕は大好きな鶏唐揚げを
隣の家族は、年によって違う。今年は見慣れない女子。背格好からは同じ学年くらい。親の言葉は少し
「とろろ大好き! ありがとう!」
とろろ、って山芋を
緑っぽい薄茶色の塊を彼女が頬張っていた。おにぎりのようだが、美味しそうには見えない。そしてとろろは並んでいないようだった。それっきり、忘れていた。
出張で訪れた北国の街。立ち寄ったコンビニで記憶が蘇る。
「とろろ昆布おにぎり」
在りし日の父母を思い出し、涙した。
[了]