右京、おつかいにいく

文字数 2,232文字

退化した人類と他愛のない会話をして、右京はこれ以上話しても無駄だと思った。
それよりは町を探索したほうが新しい発見があるだろう、そう考えて右京は外に出ようとする。
あ、まって右京。

出かけるんだったら買ってきてほしいものがあるの。

はいこれ。

右京は買うもののリストがのったメモを受け取る。
ふーん、電源のハブと充電器か。

で、それを俺に買って来いと?

そうよ、この世界は初めてでしょう?

だったらそのくらいの試練は与えてもいいんじゃない?

まあいいか。

クエストだと思ってやるよ。

で、お店はどこにあるわけ?

なんでも屋さんがここから少し行ったところにあるわ。

あなた、スマホは持ってる?

まあ、持ってるけど。
じゃあ位置情報飛ばしておくから、回線開いて。
おk、受け取ったわ。
あら?

ずいぶん回線遅いわね、いったい何世前のスマホ使ってるわけ?

いや、最新機種のはずだけど。
嘘おっしゃい。

回線速度は騙されないわよ。

データのダウンロードが終わって右京はさっそく、買い物へ出かけました。
あれやな、ついでに自分自身が使う生活必需品もそろえておいたほうがいいな。
右京はスラム街を適当に歩き、目的地へ向かおうとする。
スラムの通路を抜けて開けたところに出た。

そこからはその建物の外側を観察することができた。

建物はやっぱり九龍城のような建物で、いかにも貧乏人が住みそうなところだった。

しかしそれ以上に右京の関心を引いたのは、街の景色だった。

遠くのほうで、スカイツリーの解体作業が進んでいる様子があったのだ。

スカイツリーの解体もそうだが、なぜか建物の床下が浸水して、いい言い方をすればベネツィアみたいな街並みになっているのだ。

だがそれは水没している、といえば正解。

いったいこの町はどうやって成立したのか。

そうか……ここは未来の日本だったのか。

未来は……音音みたいに退化した人間が多数住み着いているんだ。

なるほどなあ、こうやって人間文明は滅んでいくのか。

俺は今、緩やかな滅亡の場に生きているんだ。

そうだよ。

ここは未来の日本だ。

異世界転生といったな、あれは嘘だ。

でも、別世界なのは違いがないだろう?

やたら知能が高くて身体能力が高い、人類を進化させようとした君からしてみたら、このありさまは地獄でしかないのだろうな。

人類が退化していくこの様を、右京は耐え忍ぶことができるのだろうか?

知るかよ。

人間が繁栄した時代なんてあるかよ。

人類を進化させようにもさ、人間がそこまでお利口な生き物じゃないのは知ってる。

そうやって愚かな人間たちが作り出した世界がここだ。

別に不思議でもなんてもない。

まあいいじゃないか。

人間が衰退したって、音音はあそこで生きているんだろう?

君だって音音に当面は養ってもらえる。

特に困ったことは何もないんじゃないかな?

いや、人間の知能が低下しているか、それはほかの人間を見てからでも判断は遅くないだろう。
そう思って右京は地図に示されたマーケットに向かうのだった。
そしてお店に到着。
店員よ、電源のハブと充電器を頼む。

金ならある。

電源ハブかー。

今日セールやってるけど、一つも売れないから、一つならただであげるわ。

末期! 末期!
え、無料でいいの?

お試しキャンペーンで人を釣る気?

俺は騙されないな。

よくわからないけど、偉い人はただで配れって言ってるわ。
人は何かを得るためには同等の対価を支払わなければならない。
何それ?
あほやん、右京。

そんなもの間違いだって小学生でもわかるよ。

自称エリートって書いてあるのにね。

こんな残念な発想でどうやって今までやってこれたんだろうね?

いやでもほら、お金受け取っちゃったから。
さっさともってけ。

在庫抱えると痛いんだから。

嫌ならお前の住所に箱ごと押し付けるぞ!

やめろ。

俺は住所不定だ。

というか、このお店は何のお店なの?

充電器も売ってるし、なんかお菓子もランチパックも売ってるじゃないか。

あれかな。

ここは何でも屋よ。

人の生活を豊かにするものは何でも提供するの。

じゃあ、俺の生活に必要なものは何だと思う?

俺の暮らしを豊かにしていくには?

自分がブサメンだと認める心の余裕かな?
マスクしてるのは顔を隠すためで、その素顔は不細工だと言いたいの?
そうだよ。
まあ仕方ない。

それはさておき、俺の人生を豊かにするものってなんだ?

そうだね、一日一杯のコーヒーかな。
急に現実的になったな。

で、それはいくら払えば手に入るんだ?

いや、お金はいらないよ。

これは私のサービス。

あなたと出会った最初の記念日をお祝いして。

俺、秋山右京というんだ。

変な名前だろう?

古風ね。

私は三軒茶屋紡子(さんげんちゃや ぼうし)というの。

私が望んでいるのは何にもない日をお祝いし続けること、それだけだよ。

なぜそんなことを強調するんだよ?
そうだね、右京さんが、こう見えてもイベントだらけの毎日を送っていたような、そんなオーラを感じちゃってね。
まあ、そうだな。

俺、この世界にとって異世界からやってきたので。

そうか。

今流行りの異世界転生か。

だったら、この世界でゆっくりしていくといいよ。

どうせ世界を滅ぼそうとする魔物もいない。

一杯のコーヒーで十分豊かになれるよ。

右京はサービスのコーヒーを飲んでみた。
所詮子供の舌。

コーヒーの味なんてわかるはずがない。

しかし、そのいっぱいを飲んだ時、右京はほんの少しだが、大人の味を味わったのだった。

このほろ苦いコーヒーは大人の味だから、ではない。

大人の余裕を少し味わった、その程度の話。

ほんの少し、ほんの少し。

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登場人物紹介

秋山右京

自称、天才

実際頭がよく運動もできる平均的なエリートで人類を進化させようという妄想を抱いている。

でも生放送顔出し時はマスクをしている平均的なやつ。

タイムトリッパー

右京の異世界転生を実況、解説する女神の一人

時間の流れを無視して過去へ行ったり未来へ行ったりできる

トゥモーローウィズアウトトゥデイ

右京の異世界転生を実況、解説する女神の一人

特定の時間をなかったことにすることができる

フォトショップ

右京の異世界転生を実況、解説する女神の一人

時間を止めることができる

音無音音(おとなし ねね)

異世界転生によくいる奴隷系ヒロイン

飯がまずく、掃除もまともにできない

挙句の果て風邪をひいて右京に面倒を見てもらってからは生活を右京に依存している

三軒茶屋紡子(さんげんちゃや ぼうし)

スラム街の一角で喫茶店を経営する女性

喫茶店がある段階でスラムなのは微妙なのでこの文章は矛盾を孕んでいる

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