Ⅴ.あの人は今!?

文字数 862文字

 謙介がパワーウィンドウを下げると、ペッタリとした潮風が車内に流れ込んできた。
 東京在住の謙介がここへきたのは人探しが目的だ。軽自動車一台で、いくつも地域を回った。ネットの情報というものは不確かだったり、古かったりで、「ここにいる」という情報を得る度に、北に行っては空振り、南に戻っては空振り、を幾度となく繰り返した。
 だがついに、この日本海に近い北陸の田舎町で、アタリを引いたのだ。
 謙介の視線の先。工事現場で働いている男は、十五年前に小学生二人を殺害し、四人に重軽傷を負わせた前科を持っている。謙介が、執拗に男の所在を探していたのは、自分の子供が殺害された復讐――などという私怨の絡んだ話ではない。ただスクープが欲しいだけ、フリーライターの性である。
 この町での滞在も、はや五日が経った。男のあとをつけ回し、いくつもの写真を撮ったが、なにもない田舎町ではやはり絵がパッとしない。
「やっぱ、写真だけだと厳しい……か」
 謙介は町のハジにあるスナックで、ウーロンハイを飲みながら一人ごちる。
「いいよ、いくらくれるの?」
 背中から聞こえる声に、首を回すと、追い回してきたターゲットが目の前にいた。
「どう……して?」
「こんな田舎町によそ者が何日もいれば、そりゃあウワサにもなる。それも他人を追い回してカメラなんか構えていたら余計に、ね」
 どうやら不審者として町の人々から警戒されていたらしい。
「あんた記者でしょ?あんたみたいな人に見つかったってことは、ここも離れなきゃなんないし、金要るんだよね。とりあえず二十万でどう?」
 自らが犯した罪への反省の色など、かけらも見えないドライな態度。だが、この悪びれない様子を独占インタビューというかたちにまとめれば、きっと読者の感情を煽る記事になる。
「二十万の価値がある話が聞けるなら、な」
 そう答えると、男はいやらしい笑みを浮かべ頷いた。謙介も、久しぶりのスクープの予感に顔をほころばせた。元犯罪者である男も、記者である自分も、つまるとことは同じ穴の狢なのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み